物価が安く、気候が温暖な東南アジアでのセカンドライフを目指す高齢者は多い。若い現地人妻・温かい家族と豪邸で暮らす人も少なくはないが、言語や環境に適応できず、女性にも捨てられて無一文で暮らす人がいるのも事実である。それでも日本で老後を送るよりは…と海外移住を決意した人々には、それぞれ語られるべきドラマがあった。ここでは、フィリピンで長く取材を続けたノンフィクションライターの水谷竹秀氏が、フィリピンのスラムで暮らす日本人男性・吉岡学(仮名)さんを紹介する。フィリピン社会にどっぷり浸かったその生き様は、フジテレビ系の人気番組「ザ・ノンフィクション」(2019年5月26日放送)でも取り上げられた。 ※本連載は、書籍『脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち』(小学館)より一部を抜粋・再編集したものです。
「31歳下フィリピン人女性のスラムの家に転がり込んだ」50歳・日本人男性“脱帽”の生活力 (吉岡さん、ロナさんと息子 撮影:水谷竹秀氏)

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子供たちが駆けずり回る…スラムで生活する50歳男性

フィリピンの人口は2015年に1億人を突破した。平均年齢は24歳と近隣の東南アジア諸国に比べて若く、46歳が平均年齢の日本に比べて、人口ピラミッドは実にきれいな形をしている。これは貧困層の家庭が子供をたくさん産むという実態に起因しており、国民の83%を占めるカトリック教徒では避妊が認められていないためだ。

 

ところがアキノ政権は2012年末、カトリック教会の反発を押し切る形で人工避妊法を成立させたため、人口増加に歯止めがかかる可能性が出てきた。

 

とはいえ、貧困層が住むスラムを訪れると、まず目にするのは多くの子供たちが駆けずり回る姿だ。どこからこんなに湧き出てくるのかと思うほどに、そこら中で子供たちの笑い声や泣き声がこだましている。そんな光景を目の当たりにしていると、まだ当分の間は少子高齢化とは無縁の国といっても差し支えないだろう。

 

夜明け前の午前5時すぎ。蚊帳(かや)を手で払いのけ、ベッドから起き上がったタンクトップに短パン姿の吉岡学さん(仮名、50歳)は、ふらふらとした足取りで台所の方へ消えていき、入り口のドアと裏口のドアを開け、台所にいた飼い犬の紐(ひも)を裏口付近につないだ。

 

吉岡さんの自宅は、コンクリートブロックを積み上げた壁に、トタン屋根を張り合わせただけの広さ約30平方メートルの家屋だ。部屋は寝室と台所の2部屋、そしてロフトのような2階部分がある。

 

隣のベッドですでに目覚めていた私も台所に行き、

 

「おはようございます。意外と寒いですね」

 

と声を掛けると、吉岡さんも「朝は寒いでしょ?」と言った。

 

酒がまだ残っているのか、えらが張った吉岡さんの顔がむくみ上がっている。寒かったのは前夜に激しい雨が降ったためかもしれない。寝室の天井からは、雨水がぽつりぽつりとしたたり落ちていた。

 

ここはマニラ首都圏の北に隣接するルソン島ブラカン州のとあるスラム。周辺には同じように粗末な家屋が密集しており、首都圏中心部からバスなどを乗り継いでおよそ3時間かかった。私が吉岡さんの自宅に宿泊させてもらった2013年4月下旬のことだ。

 

台所から裏庭へ出た吉岡さんは、ビニール製の買い物袋に種火を付けて七輪の中へ入れた。そこへなたで真っ二つに割った角材を入れ、火を熾(お)こす。

 

火を熾こす吉岡さん