31歳下・ロナさんと最低賃金以下でのサバイバル生活
やっと寝室から台所に来た白いTシャツ姿のロナさんは、吉岡さんとの間にできた生後8ヵ月になる息子をあやしている。一緒に住むロナさんの父親もさっきから裏庭にある鶏小屋で餌をやっていて、吉岡さんの作業には目もくれない。
「あいつら何も手伝わないでしょ? むかつくんですよ」
そう吉岡さんが言ったのも束の間、七輪の火が消えた。
「消えたやないか。お前がちゃんと見てないからや!」
タガログ語でロナさんをしかる吉岡さんの声が飛んだ。ロナさんは子供の面倒を見なくてはいけないからと私に説明するが、間髪入れず吉岡さんの突っ込みが入る。
「子供がいなかった時も何もやってないじゃないか!」
別に不仲ではない。
吉岡さんは2011年、知人の紹介でロナさんと知り合った。タガログ語ができる日本人ということで、すぐに打ち解けたようだ。次第に「吉岡さんの優しさに惹かれた」というロナさんがアパートに遊びに来るようになって同棲を始めた。
ところがその後、吉岡さんはロナさんの自宅へ転がり込んだ。以来、1年以上が経過した。
ちなみにロナさんは19歳。小柄でやせ形、目尻が下がった顔はまだあどけなさが残っており、31歳離れた吉岡さんと並ぶとまるで父と娘のようである。
ロナさんの父親も実は、吉岡さんの4歳年下。結婚相手の女性の父親が自分より年下という家族構成は、日本でならまずあり得ないだろう。
吉岡さんはこの自宅から徒歩10分の縫製工場(従業員約200人)で幼児服のアイロン掛けをする作業員として働き、日当200ペソ(約540円)を稼いで家族を養っているのだ。ブラカン州の最低賃金(349ペソ=2014年11月現在)より安い。
※ 現地の物価は本書が刊行された約6年前のもので、フィリピンペソの日本円換算レートは2015年7月現在(1ペソ=約2.7円)のレートで計算しています。
できあがったこの日の朝食は、庭で摘んだ芋の葉っぱのニンニク炒め、卵焼き、それにガーリックライスだった。
「素っ気ない味ですけど。どうぞ」
吉岡さんは私にそう勧めてから、ご飯にむしゃぶりついた。芋の葉は苦いが、酢醬油(すじょうゆ)をかければ食べられる。卵焼きは味の素が効いてなかなか美味しかったが、ガーリックライスは味がほとんどしなかった。
食べ終わった吉岡さんは「キタキタキタ!」と言いながら、トイレに駆け込んだ。
「僕の生活はサバイバルそのものでしょ?」
吉岡さんはそう言ったが、まさにその言葉通りの暮らしだ。そして歩いて縫製工場に出勤したのだった。