物価が安く、気候が温暖な東南アジアでのセカンドライフを目指す高齢者は多い。若い現地人妻・温かい家族と豪邸で暮らす人も少なくはないが、言語や環境に適応できず、女性にも捨てられて無一文で暮らす人がいるのも事実である。それでも日本で老後を送るよりは…と海外移住を決意した人々には、それぞれ語られるべきドラマがあった。ここでは、フィリピンで長く取材を続けたノンフィクションライターの水谷竹秀氏が、フィリピンのスラムで暮らす日本人男性・吉岡学(仮名)さんを紹介する。フィリピン社会にどっぷり浸かったその生き様は、フジテレビ系の人気番組「ザ・ノンフィクション」(2019年5月26日放送)でも取り上げられた。 ※本連載は、書籍『脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち』(小学館)より一部を抜粋・再編集したものです。
「31歳下フィリピン人女性のスラムの家に転がり込んだ」50歳・日本人男性“脱帽”の生活力 (吉岡さん、ロナさんと息子 撮影:水谷竹秀氏)

2人の関係は、「事件と言ってもいい」ワケ

「見た目は怖かったけど言葉ができるので、直(じき)に優しい人だというのが分かったの。よく冗談も言ってくれた。年齢差は特に気にならなかったわ。彼はいつも世話をやいてくれる上、自分がどんな生活を送ってきたのか話をすれば耳を傾けてくれるの。逆に彼も自分の話をするし、彼といると楽しいわ」

 

私は半信半疑で話を聞いていたが、何度尋ねてもロナさんは同じようなことを言うのだ。

 

「中高年の日本人男性と若いフィリピン人女性の関係=お金」という従来の方程式を根底から覆されるような、長らくこの取材を続けてきた私にとっては「事件」と言ってもいいほどの2人の関係だった。

 

もちろん、この2人がこれからも続くかどうかは分からないが、困窮生活にもかかわらず飄々(ひょうひょう)としている彼を追い掛けることで、「幸せとは何か」という普遍的なテーマを考えるヒントになるのではないかと思ったのだ。

 

また、吉岡さんは年齢も50歳と本連載に登場する年金生活者たちに比べると若いが、地域密着型の彼の生活スタイルやフィリピン人に対する接し方は、見習うべき点が多々あるような気がした。

 

 

水谷 竹秀

ノンフィクションライター

1975年三重県生まれ。上智大学外国語学部卒業後、カメラマン、新聞記者などを経てフリーに。

2011年『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』(集英社)で開高健ノンフィクション賞受賞。他に『だから、居場所が欲しかった。 バンコク、コールセンターで働く日本人』(集英社)など。

10年超のフィリピン滞在歴をもとに、「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材している。