父の一喝…「誰のおかげで飯が食えてると思てんねん」の真意 (※写真はイメージです/PIXTA)

努力しても結果が見えないと、現実を恨んだり、他人を羨ましく思ったりすることもあるでしょう。しかし嫉妬や自己憐憫は、目標を達成するための労力や時間を奪うだけであり、状況打開策にはなり得ません。目標達成に必要なのは「笑うチカラ」です。貧乏暮らしから歯科医師になった筆者もまた、かつて「もっと学力があれば…」「塾に行く経済力があれば…」と卑屈な思考に囚われましたが、笑うことで嫉妬を抜け出し、目標達成のための取り組みをいち早く再開できました。マイナスの状況でも笑うためには「思考の転換」が大切です。

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「あれが食べたい!」…ないものねだりに、父が一喝

笑うチカラを身につけるために重要な要素の1つは、「感謝する」ことです。これは日々の生活のなかで刷り込まれた我が家の教えの一つです。そもそも我が家はモノがなく、お金もありませんから、子どもだった私の欲求は、基本的に満たされていませんでした。「欲しいなあ」「あったらええな」と思うものはたくさんありました。

 

例えば、食事です。私が子どもの頃は、ハンバーグ、グラタン、オムライスなどなど、おいしくておしゃれな料理が世の中に広まっていった時代です。一方、我が家は2日に1回のペースでカレーライス、3日に1回のペースでお好み焼きでしたから、それらをすっかり食べ飽きた私は「あれが食べたい」「これが食べたい」と言い出すわけです。

 

そういうときは、『巨人の星』の星一徹…ではなく、父の登場です。ちゃぶ台は、ひっくり返さないまでも、

 

「誰のおかげで飯が食えてると思てんねん」

 

と怒声が飛びます。このように言われれば、黙るしかありません。黙るしかなかったのは、下手に反論してビンタが飛んでくるのが怖いからではなく(多少はそれもありましたけど)、実際の話、今こうして食事ができているのは、父のおかげであり、母のおかげです。そう考えると、自分は文句を言う立場ではないと分かるからです。

 

父は「自分に感謝しろ」という意味で「誰のおかげや」と言っていたのではありません。目の前に料理があることや、家族で仲良く食事ができていることに感謝する大切さを伝えていました。

現状に「感謝」すると欲求不満が消える

今は裕福な時代ですから、1日3食、温かくておいしいものが食べられます。和食も洋食も、あらゆる料理が食べられます。しかし、それは当たり前のことではありません。温かくておいしい料理は、誰かが育てた食材を、誰かが調理したものです。その料理は誰かが稼いだお金で買ったものかもしれませんし、買うお金を稼げたのは仕事があったからですし、そもそも健康でなければおいしく食べることはできません。

 

食事に対して、リクエストをしたり文句を言ったりする前に、まずは目の前の食事に、食材を作ってくれた人に、今日も食べられることに、食べさせてくれている人に感謝するのが先だろう、ということを父は伝えたかったのだと思います。父は体を壊していましたから、もしかしたら普通の人以上に、家族と生活ができること、普通に食べられることに感謝していたのかもしれません。

 

そのようなことを考えると、目の前の料理を悪く言うことはできません。たとえ食べ飽きているカレーライスだったとしても、ありがたい、おいしく頂かないといけない、という気持ちになっていくのです。不思議なもので、さっきまで「また今日もカレーか…」と思っていたとしても、感謝しながら食べるとおいしく感じます。おいしく感じると自然と笑顔になります。

 

これは食べ物に限ったことではなく、お金や能力、人や運などあらゆることについて同じことがいえると思います。あれが欲しい、これが欲しいと言い出したらキリがありません。何を手に入れても「もっと良いものが欲しい」と考えてしまい、満たされない状態が永遠に続きます。この無限ループから抜け出す方法が、目の前にあるものに感謝することです。ないものではなく、あるものに目線を変えるだけで、意識が変わり、感じ方が変わり、笑顔になれるのです。

今ある幸せに感謝できないことこそが「真の貧しさ」

今、目の前にあるものに感謝する重要性を学んだという点で、大きく影響を受けた人がもう1人います。小学5年生のときのクラスメートです。彼はデュシェンヌ型筋ジストロフィー症という病気にかかっていました。この病気は、筋肉の機能に必要なタンパク質の遺伝子が変異し、筋力の壊死や運動機能の低下などをもたらす難病です。

 

彼は、5年生のときはどうにか自力で歩くことができていましたが、6年生の修学旅行の頃には車椅子に乗るようになり、日に日に筋力が衰えていくのが分かりました。それでも彼は、私を含む団地の子どもたちの輪に入って一緒に遊んでいました。

 

ボール遊びや鬼ごっこなどは難しいですが、一緒にできる遊びはいくつもあります。一緒に遊んでいたのは、彼を気遣っていたからではありません。同情していたからでもありません。彼がいつも笑顔だったから、自然と友達が集まってきたのです。

 

彼と遊んでいるときに、たまに「きっと自分で歩きたいやろなあ」「俺らと同じように走り回りたいやろなあ」と思ったことはあります。実際のところ、病気と戦わなければならない毎日のなかで、「なんで自分が…」「なんで自分だけが…」と思ったこともたくさんあっただろうと思います。

 

しかし、彼が弱音や愚痴をこぼすことはありませんでした。むしろ私や友達よりも明るく笑っていました。今思えばですが、たとえ筋力が衰えていても、いずれ歩けなくなるとしても、みんなで一緒に遊べていることに感謝していたから、その日、そのときを笑って過ごせたのだと思います。

 

当時の私は、まだ貧乏であることに多少のコンプレックスがありました。しかし、彼と一緒に楽しく遊んでいるうちに、「貧乏だろうがなんだろうが、別にどうでもええか」と思うようになりました。ないものねだりしがちな貧乏暮らしのなかで、ないものよりもあるものに目が向くように変わったのも、幼い頃からの刷り込みもありますが、彼と一緒に遊ぶようになったことが大きく影響していると思います。

 

真の貧しさは、お金がないことではありません。手元にある幸せや、目の前の幸せに感謝する気持ちをもてないことが貧しさです。彼と出会い、私のなかの貧しさの定義が変わりました。

 

世の中の人が抱えている悩みも、もしかしたら当人が思うほど大きな悩みではないのかもしれません。お金の話に限らず、太っている、ニキビが多い、毛深い、運動神経が鈍いなど、悩みはいろいろとあるものです。しかし、それが当人にとっては大きな悩みだったとしても、命まで取られることはありません。

 

彼ならきっと、太っていて、ニキビが多くて、毛深くて、運動神経が鈍くてもいいから、自分で歩きたいと思っていたはずです。長生きしたいと思っていたはずです。当時、平均寿命30歳が限界といわれていましたが、彼は、49歳まで生き抜きました。笑いが脳にも体にも良い効果をもたらすことは、昨今のさまざまな研究によって解明されています。決して長い人生ではありませんが、想定以上に生き抜けたのは、笑いのチカラが働いたからであり、その根底に笑いを生み出す感謝の気持ちがあったからだと私は思うのです。

 

 

安積 中

あづみハッピー歯科医院院長

 

 

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あづみハッピー歯科医院 院長

生まれ育った家庭は裕福でなかったが、小学生時代に近所の歯科医院に停まっていたフェラーリを見て憧れ、歯科医を志す。

1981年大阪府立北野高校に入学するものの、学業に身が入らず大学受験に失敗。浪人時に一念発起して勉学に励み、福岡県立九州歯科大学に合格。

1993年大学卒業後、5年の勤務医と3年の雇われ院長を経て、2002年大阪市平野区にてあづみハッピー歯科医院を開業。

気取らない、庶民感覚の対応を心掛ける「町の歯医者さん」を目指している。

著者紹介

連載人生を切り開く笑いのチカラ

※本連載は、安積中氏の著書『人生を切り開く笑いのチカラ』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

人生を切り開く笑いのチカラ

人生を切り開く笑いのチカラ

安積 中

幻冬舎メディアコンサルティング

人生における失敗や挫折を「笑い」に転換するための思考法とは? 日本人の4人に1人は何かしらの不満を抱えています。 老後の未来には年金不安と健康不安が待ち受けており、それに加えて、昨今ではコロナ禍での鬱々とした…

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