M&A後の問題は残された社員たち
さて、問題は残された社員たちです。彼らはそのままA社で、前社長のときと同様の業務と報酬が約束されていました。
前と同じような待遇で仕事に専念できると安心していたのも束の間、社員は予期せぬ事態に遭遇することになりました。なんと親会社のB社から、人事異動で役員が次々とA社へ送られてきたのです。
これはいわゆる「天下り役員人事」というもので、出世レースに敗れた、親会社での役目を失った役員たちが子会社へ追いやられてくるという、 子会社にとってははた迷惑な人事でした。
親子関係にありますから、子会社であるA社は当然、この人事を受け入れるしかなく、親会社から流れてきた、会社のことも社員のことも知らない人物に、渋々ながら社内の重役に就いてもらうことになります。
この事態によって困ったことになるのは、A社に長年勤めてきた社員たちです。親会社からきた人物が上役の椅子を横取りしていくのですから、彼らは出世の望みを絶たれたも同然ということになります。
買収前なら、夢と希望を抱いて会社のために貢献し、会社の規模が大きくなっていくとともに、自身も出世していくという明確なイメージが描けていたはずです。そのイメージは、M&Aとともに脆くも崩れ落ちてしまったのです。
このような、親会社の人事問題解消のために、買収で子会社化したところを人材のお払い箱にするケースが、M&A活性化の裏で一つの問題として浮き彫りとなっています。
買収後も定年まで会社に居続けられるならまだしも、M&Aが成立した別の会社では、業績が芳しくないからという理由で、買収して早々に古参の社員たちにリストラを宣告したところもあります。
働き方が一変して苦しい思いをするケースもあります。買収時、買い手の親会社は「うちは口出ししません、以前のやり方を尊重します」と話していたにもかかわらず、蓋を開けてみたら口出しが多く、経営や組織体制にメスを入れ、労働条件の悪化を招く結果となってしまいました。 納得いかない社員たちは泣く泣く辞表を出すか、上からの圧力に我慢する日々を強いられることになります。
このような悲劇に見舞われたら、残された社員たちは、M&Aを決めた元社長を心底恨むことになります。
元社長はお金がもらえて満足でしょうし、M&A仲介業者も仲介手数料がもらえて幸せかと思います。でも残された社員は、大不幸です!
そのため、売り手である社長は慎重に慎重を重ねなければなりません。会社を存続させることは叶っていても、社員が不幸を背負うことになってしまっては、事業承継などできていないに等しい話です。
基本的には 「愛のあるM&Aなんてない」と思って、交渉に臨むべきです。社長はM&A仲介業者のうまい話に乗せられることなく、最後まで愛を持って、「このM&Aは、本当に社員たちにとって幸せになるのだろうか」と熟慮しながら、M&Aを検討すべきです。