うつ、不安・緊張、対人関係の問題、依存症――近年、これらの悩みを抱える人はますます増えている。実は、それぞれに共通する原因になり得るものとして、親との関係によって築かれる「愛着」がある。ここでは、「愛着アプローチ」という手法を用いて、現代人の悩みの解決に寄与したい。※本連載は、精神科医・作家である岡田尊司氏の『愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる』(光文社新書)より一部を抜粋・再編集したものです。

ドストエフスキーと妻アンナ…虐待の中で育った文豪

『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』などの傑作で名高いロシアの文豪ドストエフスキーの前半生は、苦難に満ちたものであった。

 

父親は、モスクワ大学医学部出身の軍医だったが、偏執的な人格の人物で、子どもたちを極めて厳しく育てた。母親も早くに亡くなり、愛情不足と虐待の中で育ったドストエフスキーは、かなり重い愛着障害を抱えていたようだ。父親は農奴の恨みを買い、殺されるという末路をたどっている。

 

可愛がられる経験を一度もしたことのない人にありがちなのだが、ドストエフスキーは社交が苦手で、情緒不安定な上に、相手の神経を逆なでするような行動が多かった。そのため、処女作『貧しき人々』で華々しくデビューを飾ったものの、多くの人が、ドストエフスキーの人となりを知るにつれ愛想をつかしてしまい、文壇でもたちまち孤立してしまった。

 

金銭感覚も破綻していて、目先の金欲しさに不利な約束をしてしまい、生活もどんどん追い詰められていった。あげくの果てには、過激分子との付き合いから、皇帝の暗殺未遂事件に連座したとの容疑で摘発され、死刑判決まで受けてしまう。

 

それは、いわば見せしめのためで、銃殺刑の直前に恩赦で死刑は中止されたが、精神的には一度死んだも同然だった。その後はシベリアの極寒の地オムスクの監獄で四年の刑期を務め、釈放された後もキルギスの荒涼とした町に留め置かれ、結局十年も流刑地生活が続いたのである。

 

流刑地で出会った子持ちの女性と最初の結婚をした。いろいろと問題の多い女性だったが、ドストエフスキーの大きな支えとなったことは間違いない。連れ子の息子も、ドストエフスキーは我が子のように面倒を見た。それは彼が初めて味わった家庭的な幸福であった。だが、女性は出会ったときにすでに結核を抱えていて、病状は徐々に進行していった。

 

ようやくモスクワに戻ることを許され、兄が創刊した雑誌に執筆することになった。オムスクでの監獄生活をヒューマニスティックに描いた『死の家の記録』が評判になり、前途は順調かと思われたが、まだドストエフスキーの苦難は終わらなかった。兄の雑誌が官憲のいやがらせで発禁処分になり、さらにその混乱のさなか、妻が、そして雑誌の再刊のために奔走していた兄までが亡くなってしまったのだ。残ったのは、莫大な借金だけだった。

速記ができる二十代のアンナの助けで、危機を脱出

兄の雑誌を何とか続けようと悪あがきをしたことが裏目に出て、借金は一万五千ルーブルにも膨らんでしまった。さらにドストエフスキーを追い詰めたのは、目先の金欲しさに、悪辣な出版社と結んだきわめて不利な契約で、あとひと月ほどの間にもう一篇の長編小説を書きあげねば、これから九年間に書かれる作品の出版権が、すべて無償でその出版社のものになってしまうというのである。そんなことになれば、借金を返すどころか、作家として生活することも無理になる。

 

そんな絶体絶命の状況で、ドストエフスキーの前に現れたのが、速記ができる二十歳の女性アンナだった。彼女はドストエフスキーの読者でもあったが、ドストエフスキーに対する最初の印象はそれほど良いものではなかった。だが、彼が大変なピンチにあり、助けを必要としていることだけはよく理解できた。ドストエフスキーが率直に実情を打ち明けたからだ。

 

それから、二人の共同作業が始まる。速記で口述筆記したものを、翌日には清書するということを二十六日間続けて、『賭博者』を完成させたのだ。アンナの助けなくては、とてもできないことであった。その間に二人は、お互いを愛するようになっていた。

 

二十歳以上の歳の差があり、持病があり、しかも借金まみれで、作品に描いたとおりの賭博癖がいまだに治っておらず、先妻の連れ子や亡くなった兄の遺族など扶養家族もどっさりいるドストエフスキーは、二十歳の娘が結婚相手に選ぶにはおよそ理想的でない相手だったが、その彼のプロポーズを、アンナは受け入れたのである。

 

次ページアンナという「安全基地」を得て、賭博癖さえも克服

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    ※なお、本連載の本文に登場するケースは、実際のケースをヒントに再構成したもので、特定のケースとは無関係であることをお断りしておく。

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