●優等生ではない自分を受け入れる
和葉さんの顔に明るさが戻り始めたのは、それからだった。希死念慮を口にすることがなくなり、何か自分にできることを始めたいと、就労移行支援事業所を探してきて、通い始めたのだ。
学業でも仕事でもうまくいかないことが続いて、「自分には何もうまくできることはない」と思い始めていた彼女にとって、就労移行支援事業所での体験は、自信を取り戻すきっかけになった。いきなり就労にチャレンジするのではなく、訓練的な取り組みにハードルを下げて始めたことが、良かったのである。
それまでの和葉さんは、何事も優等生の自分しか認められなかった。それゆえ頑張りすぎて、無理が限界を超えてしまうことをくり返していた。誰だって、そんなに頑張れば疲れ切ってしまうのだが、もう頑張れない自分をダメだと全否定し、自殺企図に走ってしまっていた。
その意味で、背伸びをやめ、小さな目標でも価値があると思えるようになったことは、大きな進歩だったのだ。
その後、仕事に就いたが、仕事の関係で知り合った彼氏と結婚。今は、専業主婦となって子育てに励んでいる。激動の時代がウソのように、平穏な暮らしを手に入れている。和葉さんにとって何よりうれしかったのは、両親もとても和葉さんの子どもを可愛がってくれることである。
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どん底にまで落ち、絶望の淵に沈んだ和葉さんだったが、そこから再生のプロセスが始まったといえる。半ば彼女のことをあきらめ、手を引いてしまっていた親も、危機感を新たにし、本気でもう一度かかわってくれたことも大きかった。
それまでは、両親に認めてほしいと、無理な目標を自分に強いていたが、親も「無理しなくていい、生きていてくれるだけでありがたい」と、接し方を変えたことで、ゆったりとしたペースで回復することができた。
そして、親から彼氏へと、支え手のバトンパスもうまくいったようだ。
※なお、本文に登場するケースは、実際のケースをヒントに再構成したもので、特定のケースとは無関係であることをお断りしておく。
岡田 尊司
精神科医、作家