母親へのカウンセリングで「子の強迫性障害」が治癒したケース

うつ、不安・緊張、対人関係の問題、依存症――近年、これらの悩みを抱える人はますます増えている。実は、それぞれに共通する原因になり得るものとして、親との関係によって築かれる「愛着」がある。ここでは、「愛着アプローチ」という手法を用いて、現代人の悩みの解決に寄与したい。※本連載は、精神科医・作家である岡田尊司氏の『愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる』(光文社新書)より一部を抜粋・再編集したものです。

「叱らない=甘やかす」という認識は間違い

愛着の安定にとって、安全基地がいかに大切であるかをお話しするとき、ときどき聞かれる質問がある。「子どもを叱らないで甘やかしていたら、余計手が付けられなくなるのではないですか」「悪いことをしたら、叱るのは当然ではないですか」という質問である。

 

質問には、その人の考え方が表れるものである。この質問の場合も、その人が当然のこととみなしている前提が示されている。一つ目は、「叱らないこと=甘やかすこと」だとみなしている点である。つまり、この方の中には、叱って厳しくするか、甘やかして好き放題にさせるか、のどちらかの選択肢しかない。そして、もう一つの前提。それは、「悪いことをするから叱るのであり、叱らなければ、もっと悪いことをする」という思い込みである。

 

まず一つ目の前提だが、じつは、叱って厳しくするだけでもなく、甘やかして好き放題にさせるだけでもない、その中間の選択肢があるのだ。それが「安全基地になる」ということである。本人の主体性を尊重しつつも、助けが必要なときには、すぐ手を差し伸べる。ときには、叱ることも必要だが、それは、あくまで本人を危険から守るためであり、そんな場面は、そうやたらとあるわけではない。もしあなたが始終叱っているとしたら、叱る必要もない場面で、叱っているということだ。

 

そしてその前提は、もう一つの前提である「悪いことをするから叱る」という言い分とも絡んでいる。愛着は、元来、捕食動物などの危険から子どもを守るために進化した面をもつとされる。安全基地は、文字通り、子どもを危険から守るためのものでもあった。

 

そして、叱るという行為も、本来は子どもを危険から守るためのものだと考えられる。危ないことをすれば、それを止めようとする。母親の視界からいなくなったりすれば、そんなことをしないように、叱らねばならなかった。

 

ただ、ここで注意すべきは、愛着がしっかりと育まれている場合には、子どもは母親の目の届くところにとどまろうとし、あまり危険なことをしないということである。愛着が安定型の子は、あまり叱らなくてすむのだ。

 

一方、回避型のような愛着の希薄な子どもでは、どこかに行ってしまったり、危険な目にあったりしやすいのである。つまり回避型の子は、より叱られやすいということになる。しかし、そもそも、なぜ回避型になったのか。それは、求めても応えてもらえず、放っておかれたためである。

 

気まぐれな親から虐待を受けている無秩序型(混乱型)の子どもの場合も、愛着は不安定で、子どもは親を必要としていると同時に、恐れている。彼らは、親が近づいてきたり言葉を発しただけで、反射的に固まり、防御の姿勢をとる。親から理不尽に叱られ、暴力を振るわれてきたためである。彼らが叱られるのは、彼らのせいというよりも、親が不安定なためである。

 

両価型の子どもの場合は、親に過剰にしがみつこうとする一方で、思い通りにならなかったりすると、怒りや攻撃で反応する。その極端さや素直でない逆説的な反応に、親の方はイライラさせられやすい。普段は従順な良い子であるが、突然、癇癪を起こし、親に対して暴言や暴力をぶつけたりする。良い子と悪い子が同居していて、何かの拍子に入れ替わる。親は悪い子の部分を叱り、良い子でないことをなじる。

 

だが、子どもが、両極端に裏返る不安定な愛着を示すのは、親の愛し方に差が生まれたためである。たとえば、下に弟や妹ができて、愛情を奪われてしまったためだ。それは、彼らが「悪い子」だからではない。「悪いことをするから叱る」と本気で思っているとしたら、それは子どもの気持ちが、ちっとも見えていないということになる。

問題行動の叱責で「良い子」が育つわけではない

悲しいことだが、安全基地をもたない子どもは、様々な場面で、安定した愛着に恵まれた子どもより行動や情緒の問題を呈しやすく、「悪い子」として叱られ、制裁を加えられやすい。彼らの問題行動は、叱られることが足りなかったからだろうか。もっと叱ってやれば、もっと「良い子」に育っていたのだろうか。言うまでもなく、まったく逆である。

 

安全基地となる親との安定した愛着の中で成長することができた子どもは、自然に行動や情動をコントロールする術を身につけやすいのである。母親との愛着の絆がしっかりしている場合には、叱ったりしなくても、母親の声の調子一つで危険を察知し、自らの行動にブレーキをかけ、安全基地に帰還しようとする。危険な行動は慎み、母親を不安がらせないようにする。しかし同時に、母親が安心した笑顔で見守ってくれているときには、大胆な冒険をすることもできる。

 

叱ることは、最小限で十分である。怒鳴ったり、叩いたりする必要はない。子どもを必要以上に叱らねばならないとしたら、それは、さらに手前の愛着形成の段階で、問題が生じてしまった可能性が高いのである。そのことをよく理解すれば、子どもにとっての安全基地となるだけで、筋金入りの非行少年さえ、劇的に落ち着いてしまうわけがわかるだろう。問題行動や症状は、その子が抱える行動や情緒の問題によって起きているのではないのだ。

 

それは、ただ言葉を換えたに過ぎず、何の説明にもなっていない。行動や情緒の問題は、不安定な愛着から生じているのであり、そこが変わるかどうかが、改善を決定していたのである。

 

※なお、本文に登場するケースは、実際のケースをヒントに再構成したもので、特定のケースとは無関係であることをお断りしておく。

 

岡田 尊司

精神科医、作家

 

精神科医、作家

1960年香川県生まれ。精神科医、作家。東京大学文学部哲学科中退、京都大学医学部卒、同大学院にて研究に従事するとともに、京都医療少年院、京都府立洛南病院などで困難な課題を抱えた若者に向かい合う。現在、岡田クリニック院長(枚方市)。大阪心理教育センター顧問。

著書に『愛着障害』『回避性愛着障害』『死に至る病』(以上、光文社新書)、『ストレスと適応障害』『発達障害と呼ばないで』(以上、幻冬舎新書)、『パーソナリティ障害』(PHP新書)、『母という病』(ポプラ社)、『夫婦という病』(河出書房新社)、『マインド・コントロール』(文藝春秋)など多数。

小笠原慧のペンネームで小説家としても活動し、『DZ』『風の音が聞こえませんか』(以上、角川文庫)、『あなたの人生、逆転させます』(新潮社)などの作品がある。

著者紹介

連載【精神科医が解説】親密な人間関係がうまくいかない「愛着障害」克服する方法

愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる

愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる

岡田 尊司

光文社

幼いころに親との間で安定した愛着を築けないことで起こる愛着障害は、子どものときだけでなく大人になった後も、心身の不調や対人関係の困難、生きづらさとなってその人を苦しめ続ける。 本書では、愛着研究の第一人者であ…

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