うつ、不安・緊張、対人関係の問題、依存症――近年、これらの悩みを抱える人はますます増えている。実は、それぞれに共通する原因になり得るものとして、親との関係によって築かれる「愛着」がある。ここでは、「愛着アプローチ」という手法を用いて、現代人の悩みの解決に寄与したい。※本連載は、精神科医・作家である岡田尊司氏の『愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる』(光文社新書)より一部を抜粋・再編集したものです。

強迫症状の正体は、不安感を紛らわす「補償行為」

このケースの場合には、筆者自身の頭が「医学モデル」に縛られていたため、愛着とは無関係な症状として、医学モデルによる治療を優先してしまったわけだ。もう少し「愛着」という観点で、注意深く家族との関係を扱っていれば、最初の段階から愛着の問題があったことに気づけたかもしれない。

 

母親はきっちりとした方だったが、仕事をもっておられ、息子へのかかわりも、優しくゆったりというわけにはいかず、効率主義になってしまっていたようだ。おまけに父親は子育てに無関心で、まったくかかわろうとせず、息子が頑張れなくなると、見捨てた態度をとったのである。しかも、本人は姉からも絶えず攻撃され、家庭に安全基地がない状態で過ごしていたに違いない。

 

母親との愛着がやや希薄で、回避型の傾向をもっていた上に、否定的な父や姉の攻撃にさらされ、他人の評価に敏感な不安型の要素も加わり、「恐れ・回避型」と呼ばれる、とても傷つきやすいがゆえに殻にこもろうとする愛着タイプを示すようになっていたと思われる。

 

その結果、家の外でも、他の子とうまくなじむことができず、気を遣うばかりで、気楽な関係が築けなくなっていた。強迫症状は、どこにも安心感のない状況を反映したものであり、不安感を紛らわすための補償行為だったといえるかもしれない。

 

結果的に見れば、息子の苦しむさまを見た母親が何とかしようと動いたことで、これまで放置されていた問題に手当てがなされ、家族の関係さえも良い方向に変化したのである。このように、一見、愛着の問題があまり重要ではないと思われるケースでも、意外にそれがかかわっているという経験を、私はこの後も、いくつもすることになる。

愛着問題は、あらゆる対人関係につきもの

考えてみたら、愛着は、家族や配偶者、恋人との関係だけでなく、あらゆる対人関係にかかわってくる問題であり、たとえきわめて恵まれた環境で育ち、安定した愛着をもった人であっても、出会う相手がすべて同様に安定した人というわけにはいかない。不安定な愛着のパートナーや恋人、友人、上司や同僚、顧客に出会い、そうした人とかかわらざるを得ないということも少なからず起きる。

 

それゆえ、一筋縄ではなかなかうまくいかない問題に出会ったとき、一度立ち止まって、愛着という観点から物事を見つめ直してみるのも、無駄ではないだろう。筆者の実感としては、愛着の安定化、言い換えると、安全基地の機能を高めることは、愛着との関連が深い問題だけでなく、たいていの問題の改善に有効だという気がしている。

 

それは、あなたが幼い子どもだったときのことを考えてみれば当然のことかもしれない。あなたが躓いて足をケガしようが、意地悪な友達に泣かされようが、熱が出て体調が悪かろうが、母親が優しく抱っこをして慰めてくれることは、まるで万能薬のように、何にでも効果があったはずだから。逆にいえば、薬や包帯をどっさりもらったところで、優しく世話をしてくれる人がいなければ、元気になる意味さえないに違いない。

 

生理学的にいえば、愛着の安定化は、オキシトシン・システムを活性化し、抗不安作用や抗ストレス作用を高め、社会的機能や認知機能、活力や免疫力さえ増強することで、状態を改善するのを助ける。だが、それ以上に、決定的な何かが作用しているようにさえ思える。それはおそらく、「生きる意味」にかかわる部分ではないか。

 

愛着し安全基地となる存在をもつことは、その人に生きる意味を与えるのだと思う。なぜ、愛着障害に陥った幼い子どもたちが、二十世紀初めまで、ほとんど命を落としていたのか。母親を失った子どもたちが、乳を吸おうとさえしなくなったのか。それは、生きる意味をなくしてしまったからに違いない。

 

安全基地を取り戻して、安定した愛着を結び直すということは、生きる意味を取り戻すということに他ならないように思うのである。

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愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる

愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる

岡田 尊司

光文社

幼いころに親との間で安定した愛着を築けないことで起こる愛着障害は、子どものときだけでなく大人になった後も、心身の不調や対人関係の困難、生きづらさとなってその人を苦しめ続ける。 本書では、愛着研究の第一人者であ…

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