親への恩返しのため、遺言作成に力を入れる
朝倉さんの実家は、横浜市内で海藻の問屋を営んでいました。実家は同じ横浜市内で、会社から徒歩15分ほど離れたところにありました。小さな平屋だった実家は、15年前に立て替えられ、重量鉄骨の3階建の立派な家になりました。1階はビルトインガレージ式で部屋はなく、すべて駐車場になっていて、2階は両親の自宅、3階は長男である朝倉さん夫婦の自宅となっています。
名義は、土地と建物の1、2階は両親、3階は朝倉さんです。よくあるのは、マンションを家族の共有名義にするケースですが、3階は単独の所有権にしました。所有権が複雑になった理由は、両親が朝倉さんのことを「長男だから」と、実家に住まいを設けてくれたからです。建築費はすべて両親が出してくれたうえ、自発的に朝倉さんの名前に登記しようと申し出てくれたのでした。朝倉さんは贈与税を払っただけで、マンションの一部を所有することができました。
3階を朝倉さんの名で登記するには条件が付けられました。それは、両親の老後の面倒を朝倉さんが看ることです。朝倉さんは当時大学病院の勤務医で、病院に泊まることもしばしばあり、両親が元気なのを理由に、両親のことをあまり気に掛けていませんでした。数年後には四国の病院に勤務することになったため、3階を知人に賃貸してしまいました。
時が経ち、父親が亡くなりました。母親は、以前のような威勢のよい、商売人らしい母の姿は見られなくなりました。朝倉さんはその頃、大学病院を退職し、府中に診療所を開院し、診療にあたっていました。自分が住むはずだった自宅の3階を賃貸に出したのを、日頃から負い目に感じていた朝倉さんは、自由になる時間を確保できるようになったのもあって、頻繁に実家を訪れ、母親を診察したり、母親が生活しやすいように、自分でリフォームを行ったりしていました。
朝倉さんの母親は、ある日、自分はまだ元気だが、万が一のときのために、遺言を作りたいと言い始めました。朝倉さんは、母の子の言葉を聞いて「遺言を完成させるために、自分は全力を尽くしたい。そうすることが、母への恩返しになる」と思い、走り回って書類集めをしたり、公証人役場とやりとりしたりしました。実家をどんな形でもよいから残してほしいというのが母親の希望です。財産を洗い出し、文章を母親が考え、朝倉さんが清書する。遺言作成作業は、母親の体調と相談しながら行われたため、半年に及びました。
財産額が分かって来たら姉の態度が一変
遺言作成の作業をした、約半年の間に、一番上の姉Aは離婚をしました。姉は、千葉に住んでいますが、寂しさを紛らわすためなのか、頻繁に実家に足を運ぶようになりました。「私はそういうことは分からない」と言って、遺言作成の話には口を挟まず、いつも黙って聞いていました。
遺言書の下書きが出来上がり、あとは、公証人に立ち会ってもらうだけとなり、上の姉A,下の姉B、母親、朝倉さんの家族全員が実家にあつまり、内容を確認しようとしたところ、姉Aが「遺言つくるの、やめない?家、売っちゃおうよ」と言いだしたのです。
その理由はお金でした。今なら、不動産が高く売れるので、その方が手元にお金が残るというのです。
朝倉さんの母親が所有不動産は、自宅のみ。もし、自宅を残して遺産を分割するなら、評価額で算出するので
土地:約2,800万円
建物:8,000万円
計1億800万円となります。
3階は先に述べたように計算対象にはなりません。
いっぽう、姉Aが地元の不動産会社からもらった査定書には、土地・建物で2億円と書いてありました。姉は、相続して、税金を払うくらいなら、いっそ、今売って、3等分したほうがいいと主張したのです。さらに、決め事の際は、いつも中立の立場である姉Bが「やっぱり、お金は多くもらいたい」と姉Aの味方に。これを聞いて、「母親の気持ちを無視して、姉Aは何てひどいことを言うのだろう」と朝倉さんは激怒しました。
みんなが納得した遺言の内容とは?
結局、遺言は作成できず、いったん中止に。朝倉さんは困ってしまい、相続コンサル会社に助けを求めました。コンサルタントを交え、更に半年かけて出した結果は、
自宅を残す
・自宅の売却は母親の気持ちに背くことになるので行わない
・自宅は立地が良いので賃貸で収益を生む。固定資産税支払い額よりも高い収益が見込める。
名義は朝倉さん1人にする
・共有名義にしておくと、更に相続が起こったときに、相続人が増え、円滑に手続きが進まない。
・朝倉さん以外の人が単独名義で相続しても、3階が朝倉さん名義なので、共有と同じ状態になるので朝倉さん以外、所有者は考えられない。
実家を朝倉さん名義にするかわりに、朝倉さんが、代価として2人の姉に2,000万円ずつ渡す。
というものでした。2人の姉は「2,000万円」という数字に納得。遺言作成により、家族全員に同じ認識ができ、家族仲も元通りになりました。
※本記事で紹介されている事例はすべて、個人が特定されないよう変更を加えており、名前は仮名となっています。