2勝1敗1分け…47歳、大学教授への転身を自己分析すると

経済的自由は減少。肉体的自由は不変。研究者として最も必要な時間的自由と精神的自由は大きく増大。47歳で日本航空から大学教授への転身は、合わせると2勝1敗1分けの勝ち越しで自由の拡大の結果だったといいます。※本連載は、久恒啓一氏の著書『50歳からの人生戦略は「図」で考える』(プレジデント社)より一部を抜粋・再編集したものです。

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広報部で週刊社内報に「図解日本航空」を執筆

私は1997年、47歳のときに大学教授に転身するまでは、日本航空に勤務していました。最後の役職はサービス委員会事務局次長でした。ここで、私の転身について、自由を構成する4つの指標から読み解いてみたいと思います。

 

日本経済はバブルがはじけて、1991年ごろから急速に悪化していました。

 

日本航空も湾岸戦争(1991年1〜2月)の影響で海外旅行客が激減、また、全日本空輸が国際線に進出し、アジア各国の航空会社は安い賃金にものをいわせるので競争が激烈になり、500億円の赤字を出すなど窮地に追い込まれました。採用数の極小化、外国人乗務員の雇用増加をはじめ、リストラ策が続けざまに打たれるようになりました。

 

社内の危機感が高まり、社運をかけた改革を行わざるをえない状況になります。

 

大企業病が蔓延した官僚体質を払拭し、顧客サービスを第一とした競争力のある会社に生まれ変わらなければならない。

 

日本航空の抜本的な改革を断行するための委員会が設置されます。リストラを使命とする構造改革委員会とともに、本業の復権を使命として設置されたのが社長直轄組織であるサービス委員会で、私はその事務局に入りました。

 

異動を内示されたとき、私は、この委員会での仕事は非常に難しいものになると予感しました。社内からは、うまくいくはずがないといった冷ややかな視線が向けられていました。いままでのビジネスマン生活で磨いた能力と、その間に培ってきた人間関係の総力を挙げて取り組まなければ、必ず失敗するだろうと緊張したのを覚えています。

 

まさに、行く手も定かでない航海に海図なしで出航するという感じでした。

 

サービス委員会に入る前、私は1986年から広報部に所属していました。当時、それまで半官半民だった日本航空は1987年の完全民営化に向けた準備を進めていました。社内コミュニケーションを改善し、各種専門集団の寄せ集めでバラバラだった社内をまとめ、1つの方向に持っていくための社内広報も私の担当する仕事でした。

 

その一方で、私は仕事と並行して、知研の活動も続けていました。広報部にいたころには、知研の活動の1つの成果として、「図解コミュニケーション」という考えが熟していました。広報部に移る前、客室本部業務部にいたときから、仕事に図解を用いて効果を発揮していたので、図解の威力は実感していました。

 

図解は、比較的多量の情報を迅速かつ的確に伝えることができます。

 

そこで、毎週月曜日の朝に発行する週刊社内報に「図解日本航空」というページを設けて、図解を3〜4つ載せ、やさしい文章で会社に関するあらゆる情報を紹介することにしました。

 

社長の動き、現場の動き、経営の意思決定の仕組み、人事体系、各部署の仕事、会社の社会貢献活動、厚生問題などの社内情報から、航空行政、航空事情、旅客・観光事情、航空機の発達の歴史まで、幅広く多彩に取り上げました。

 

これを読んでいると、社員の誰もが、知らず知らずのうちに日本航空の全体像と、そのなかでの自分の部署や自分の仕事の位置づけが理解できるようになることをねらいました。この「図解日本航空」は大変よく読まれました。

 

在任中に約200号まで出し、載せた図解は500図以上に達しました。図解がどれだけ効果を発揮するか、その実験台として週刊社内報を使わせてもらうことができたと同時に、この経験により、図解を作成する能力が格段に向上し、図解コミュニケーションという考え方に対して大きな自信を得ることができました。

 

多摩大学 名誉教授
宮城大学 名誉教授
 

1950年、大分県中津市生まれ。九州大学法学部卒業。

1973年、日本航空に入社。広報課長、経営企画担当次長などを歴任した。一方、社外の「知的生産の技術」研究会で活動を重ね、図解コミュニケーションの理論と技術を開発し、1990年に初の単著『コミュニケーションのための図解の技術』(日本実業出版社)を刊行した。

1997年、早期退職し、新設の県立宮城大学教授(事業構想学部)に就任。学生部長、キャリア開発室長、大学院研究科長、総合情報センター長、学長補佐などを歴任。また、国土交通省や経済産業省の環境政策、人材育成の研究会委員、宮城県の行政改革、長期総合計画、農業など27の委員会委員長、委員を務めるなど地域活性化に貢献した。

2008年、多摩大学経営情報学部教授に就任。2012年、経営情報学部長、2015年、副学長、2019年、多摩大学特任教授、多摩大学総合研究所所長を歴任し、2021年より現職。

NPO法人知的生産の技術研究会理事長。「日本人のアタマの革命(図解)とココロの革命(人物研究)」をライフワークとする。両分野の著書は100冊以上、『久恒啓一図解コミュニケーション全集』全10巻(日本地域社会研究所)を刊行中。

久恒啓一図解WEB:http://www.hisatune.net/
図解塾:https://note.com/metakit/m/mf7154ea1785b

著者紹介

連載50歳からの人生戦略は「図」で考える

50歳からの人生戦略は「図」で考える

50歳からの人生戦略は「図」で考える

久恒 啓一

プレジデント社

「人生鳥瞰図」で仕事も人生もうまくいく! 大人のためのキャリアデザインの教科書。 私は日本人の「アタマの革命(図解)」と「ココロの革命(遅咲きの人物伝)」の二つをライフワークとしている──。 こう語るのは、…

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