財産管理の知識、金銭感覚・・・誰を受託者にするか?
家に帰ると源太郎は由井にもらった資料を開いて眺めた。家族信託についての詳しい説明がありとてもわかりやすい冊子だ。とはいえシステムそのものは簡単なので頭に入っている。
この制度を利用するなら、やはり受託者として財産の管理を頼めるのは一太郎しかいない。一美はお金の勘定には疎いし次夫の経済観念には不安がある。
その点生真面目で金銭感覚がしっかりしている一太郎は適任だ。仕事柄、財産の管理にも慣れている。ただ一太郎自身が何か得をする話ではない。負担をかけるのは申し訳ない気もする。
焦ると家族不和に繋がることも・・・
首をひねり考え込んでいると、美千子がお茶を淹れてきてくれた。
「一太郎のことを考えてるの?」
「家族信託を利用するならあいつしかいないだろう?」
「そうねぇ。頼めば引き受けてくれるだろうけど、負担をかけるのはかわいそうよね」
美千子も考え込んだ。
「一太郎に頼んだとなると、一美は引き受けたいわけでもないのに『どうして自分じゃないのか』ってへそを曲げるだろうし。次夫はたぶん何も言わないでしょう。でも彩華さんはまた『お金を隠したんじゃないか』とか一太郎のことを変に勘ぐるわね、きっと」
さすがに美千子は子供たちのことをよく見ている。源太郎の脳裏には、責められて困惑する一太郎の生真面目な顔がありありと浮かんだ。
「あなたの不安はわかるけど、この話は今のところ急がなくてもいいと思うのよね」
「どうして? 認知症になって判断能力がなくなったらいろいろ困ることが起きる。家族信託も利用できなくなる。だからその前に手を打つことが大切だって由井さんも言っていたじゃないか」
「いろいろな可能性に備えておく必要はあるでしょう。でもさすがに私とお父さんがいきなり同時に認知症になることはないわよ。血栓のこともあってあなたは自分が迷惑をかけないか心配なのでしょう? それは大丈夫よ。もしお父さんの判断力が不安になってきたら、私が手配するから」
「まあ、そう言われればそうだな」
「考えるとしたら、私が一人になった時ね。その時は家族信託を利用してもしもの時に備えるようにするわ」
さらりと言って美千子は明るく笑った。