成年後見制度より柔軟で使いやすい「家族信託」
「なるほど。元気なうちに信託契約を結んでおくとずいぶん安心できるようですね」
「同じように財産管理をやってもらえる制度に、たしか成年後見制度というのがありますよね」
美千子が訊ねた「あれとはどう違うのでしょう?」
「よく勉強されていて頼もしい限りです。まず成年後見についてご説明しますね。この制度は、認知症や知的障害、精神病などにより判断力が十分でない方の権利を守るための制度です。権利を保護するためにお世話をする『後見人』を選び、この後見人がご本人に代わって、財産の管理や法的な手続きなどを行います」
「たとえば介護サービスを希望する場合には利用者ご本人が契約する必要がありますが、認知症で判断力に問題が生じていると、契約という法律行為ができませんよね。後見人がいればそういった時にも代わりに契約を結んでもらうことができるのです」
「そのあたりは聞いたことがあります」
美千子がうなずくと由井は続けた。
「後見人の選び方によって成年後見には『任意後見』と『法定後見』という二つの種類があります。『任意後見』は判断力があるうちにご本人が後見人を選ぶものです。どういったことを代行して欲しいか、後見人の職務や権限の範囲を契約によって自由に定めることができます。これに対して、『法定後見』は判断力に問題が生じた時に利用するものです」
「判断力の程度によって後見人の職務は『後見』『保佐』『補助』の3段階に分かれています。判断力がほとんどない方については『後見』、著しく不十分な方には『保佐』、判断力が不十分な方には『補助』といった具合です」
「しかし本人の判断能力が失われている場合には、そもそもどうやって利用するのですか?」
「法定後見については、本人の他に配偶者や四親等以内の親族、検察官、市区町村長などが『後見人を立てたい』という申し立てを行うことができます。申し立てを受けた家庭裁判所は、実際に成年後見が必要な状態なのか調査を行います。その結果『後見人が必要』という審判が下されるとこの制度を利用できるようになるのです」
「成年後見もいろいろ行き届いた制度のようですね。そういった制度があるならあえて家族信託を使わなくてもいいような気もしますが」
「もちろんそういう考え方もあるでしょう。ただ家族信託には成年後見制度に比べて、財産を管理する人の負担が小さく柔軟かつ迅速に対応できるという大きなメリットがあります」
「先ほどもご説明したように、成年後見制度を利用するためには複雑な手続きが必要ですし時間もかかります。これに対して家族信託は信託契約を結ぶだけでよく、契約した直後から制度を利用することができます」
「そうなんですか」
源太郎は目を丸くした。
「また後見人にはどのような業務を行ったか、家庭裁判所に毎年報告する義務があります。家庭裁判所や監督人によりチェックを受けるのです。家族信託にはそういった義務や監督制度はありません」
「さらに、成年後見制度では財産を積極的に活用することができません。財産を減らさないことが一番の目的とされているためです。したがって、『身体能力が衰えたご本人が住みやすいよう、家を建て替える』というようなことをする時にもいちいち裁判所の許可をとる必要があります。本人の財産が減ることになるので生前贈与などの相続税対策もできません」
「財産を減らさないよう監督を厳しくした上にやれることを限定しているわけですね。他にも違いはありますか?」
「家族信託の場合は信託契約を結ぶという法律行為が必要なので、認知症などで責任能力が曖昧になってからでは利用することが難しくなります。これに対して成年後見制度のうちでも法定後見人は逆に、判断力などに問題があると裁判所が認めてはじめて立てることができます」
「なるほど。家族信託を利用するなら元気なうちに手続きをすませておかないといけないわけですね」
賃貸不動産の経営、修繕等も受託者の判断で行える
高齢になり意思能力がなくなると売買契約・賃貸契約・借入契約や贈与等の行為ができなくなります。
そうなると後見人を選任して財産管理を依頼することになりますが、法定後見制度は財産の保護を目的としているので、大規模の修繕や借入等は原則としてできず不便なことが多々あります。
そこで家族信託の出番です。財産管理は受託者である長男等がしますので、たとえば賃貸不動産のオーナーであれば賃貸契約から修繕まで、日常の契約は受託者の判断で行うことができます。