(※画像はイメージです/PIXTA)

株式投資は、実際に売却しないと利益も損失も確定しません。しかし、「いつ売るか」というタイミングもさることながら、より重要なのは「どういう理由で売るか」なのです。長年にわたり、大手証券会社で富裕層に資産形成のアドバイスをしてきた、経済コラムニストの大江英樹氏が解説します。※本記事は『あなたが投資で儲からない理由』(日本経済新聞出版)より一部を抜粋・再編集したものです。

EU離脱やトランプ大統領当選時も…

例えば2016年に英国でEU離脱を問う国民投票が行われた際、当初の想定と異なる「離脱派の勝利」によって一時的に株価は大きく下落した。さらに極端だったのは同年11月8日の米国大統領選挙でトランプ氏が当選した時だ。

 

事前の予想ではヒラリー・クリントン氏が優勢と伝えられていたため、想定外の事態によって大きく株価は下落した。特に11月8日の投票日の夜、開票が進むにつれて次第にトランプ氏の優勢が伝えられると、同時刻である日本時間9日の昼間に取引が行われていた東京市場では株が大きく売られ、日経平均株価は1000円くらい下落した。政治家としての経験もなく、それまでにも過激な発言で物議をかもした同氏が大統領になるということで限りなく先行きの不透明感が急浮上したからだろう。

 

例えば、日本を代表する企業の一つであるトヨタ自動車もこの日は380円ほど下げた。これは下落率にすると当時の株価の6.5%になる。当時でもトヨタの時価総額は20兆円くらいあったわけだから、たった1日で約1兆3000億円もの価値が減ったことになる。しかしながら、トランプ氏が当選する前と後で、トヨタ自動車の企業価値に1兆3000億円もの変化があっただろうか? そんなはずはない。明らかに不透明感によって狼狽した売りによって下落しただけである。

 

その証拠に8日のトヨタの取引高は800万株ぐらいだったものが9日には2800万株と3倍以上に膨れ上がった。さらに翌10日になると株価はほぼ元の値段に戻っている。つまり、安くなったところで投げ売りをした人がいかに多かったかということである。

 

これほど極端でなくても同じような例は過去にいくらでもある。株式投資というのはあくまでも企業価値を買うものである。したがって、個別企業の業績や財務内容が悪化することは明らかに企業価値が下がることになるので、その場合はすみやかに処分した方が傷は浅くて済むということもある。ところが英国の国民投票やトランプ氏当選のような時には慌てて売る人が多いのに、こうした企業内容の悪化に対しては逆になかなか売ることができないという傾向がある。

 

以前の記事『株式投資初心者は、自身の正当性を示すため「ナンピン買い」に奔走する』で「ナンピン買いはほとんど失敗する」と言ったのは、後者の場合である。本来、さっさと売ってしまった方がいいにもかかわらず、ナンピン買いで投資額を増やすことでむしろ損を大きくしてしまう。むしろ前者のようなサプライズの場合こそ、場合によってはナンピン買いを入れるとうまくいくこともある(あくまでも場合によっては、であるが)。ところがほとんどの場合は、全く逆の行動を取りがちだ。これは一体どういうわけなのだろう? なぜ反対のことをしてしまうのか。

行動経済学で考えれば、理由が見えてくる

これは行動経済学から投資家の心理を考えてみるとうなずけることがある。本来、人間は損失回避の傾向を強く持っている。さらにヒューリスティックといって物事を論理的にじっくり考えて判断するのではなく、今までの経験やいかにもありそうなこと、起こりそうなことを想起して瞬時に判断をする傾向もある。

 

天変地異や政変などは、それが直接経済にどの程度影響を与えるか、あるいは自分が投資している企業がそれによってどんなマイナスが生じるのかをしっかり考えて判断すべきなのだが、なにせ良くないことであるから反射的にリスク回避の方向へ動いてしまいがちだ。俗に言う「リスクオフ」の状況である。加えて、バンドワゴン効果といって、多くの人が売り始めると自分も乗り遅れまいと同調して行動する傾向もある。結果として冷静に保有していればよかったものをわざわざ安くなったところで不安な気持ちに堪えきれずに売ってしまうということが起こる。2020年3月に新型コロナウイルス拡大の懸念から日米共に株価が35%も下落したのが良い例だ。

 

一方、企業業績の悪化というのは一般のニュースでは大きく取り上げられることは少ない。しかしながら冷静に考えてみると実体が悪くなるのであれば、できるだけ早いうちに手放しておいた方がいいと判断するのは妥当である。ところがそういうケースで少し下がった場合、なかなか売ることができない。なぜなら今すぐに売ると少しであっても損失が生じる。損失を確定するよりも「持っていればいずれ上がるかもしれない」という根拠のない希望で持ち続けたいと願う人が多いからだ。

 

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