「いいんじゃない」姉妹賛同。円満に終わったのに…
「いいんじゃない。私たちはこの家に住む気ないし、お兄ちゃんが継いでお母さんと住めばいいと思う」
彼女としては1000万円をもらえるなら悪くない。
「私も自分の家があるから、家とか土地はお母さんとお兄ちゃんでいいと思う」
三女の由美も、全員の顔色をうかがいながら小声で言った。
「私も同じ。子どもにお金かかるし、現金でもらえるほうが助かる。でも、兄さんのところはお金なくてもいいの?」
裕子は遺産分割の方法に賛同しつつ、良一に気を遣った。
「うちは二世帯住宅を建てたときに生前贈与で援助してもらったから、それでチャラかな」
予想以上に全員がスムーズに納得してくれて、良一はご機嫌だった。こうして父親の遺産分割協議は、まったくもめることなく完了した――。
■父のときはうまくいったのになぜ今回はこんなことに……
私の事務所を訪れた良一さんは、ここまで一気に話し終わると、ようやくひと息つきました。
「父さんのときはこんなにスムーズだったのに、今回はどうしてこんなことに……」
宙を見つめる良一さんの目がそう語っているように、私には思えた。
彼のお父さまは公務員一種のキャリア官僚としてそれなりに出世し、定年退職後も民間企業で役員を務め、相応の資産を築かれました。もちろん、その立派なキャリアに見合う資産もお持ちでした。
大手都銀や有名メーカーの株式を保有し、埼玉県内でワンルーム10室を備えたアパートを経営するなど、比較的堅実な投資も行い、子どもたちのために財産を守ってきたのです。
「ご家族の仲が良かったこと。3人の姉妹がみなさん嫁いでいて、それぞれご自宅を持っていたこと。そして何より、お父さまの遺産がそれなりに大きな額だったこと――。これらの条件がそろっていたからこそ、当時はスムーズな分割協議ができたのでしょうね」
私は、良一さんに語りかけた。
しかし他方で、この家族が一次相続(両親のうちお父さまが最初に亡くなり、配偶者とお子さまが相続人になること)でもめなかった最大の理由は、約1000万円という「ハンコ代」の存在だったことを、私はこの時点で理解していました。
ここで、過去にこのご家族が経験した一次相続の要点をまとめておきます。
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