(※写真はイメージです。/PIXTA)

クリニックの収益を改善し、安定化させるには、具体的な目標設定が必要です。ただし、具体的な目標ばかりを追い求めると逆効果になる場合も…。医療機関のコンサルティングに携わってきた筆者が、医療介護分野ならではの注意点を解説します。

スタッフに「お金」を意識させてはいけない

クリニックの経営を改善するためには具体的な指針が必要ですが、具体的な目標ばかり追い求めるのも弊害があります。その代表格がスタッフに課す「売上目標(ノルマ)」です。

 

一般企業であれば、営業ノルマや売上目標を各営業マンに課すのは当たり前ですし、そういったプレッシャーをかけられてこそ個人も会社も業績を維持できるという側面があります。しかし、その手法は医療介護分野においては通用しません。医療機関の現場スタッフに「数字」、特に「お金」の話をすると反発されます。口に出すか出さないかは別として、「医療はお金儲けじゃない」「患者の命を軽んじている」等と考えている医療従事者は多いように感じています。

 

確かに、患者の命を預かる医療従事者に対して、経済合理性や効率性を要求するのは私も的外れだと思います。国が全国一律の診療報酬制度を設けているのは、利益をむさぼる医療者が出てこないようするためでもあるでしょう。

お金ではなく、「やるべきこと」を数値化して管理

とはいえ「収益の安定化」は、クリニックを持続可能な事業体にして、高品質な医療サービスを継続させるためには避けて通れないテーマです。院長を含めたすべての医療スタッフにいかに納得してもらうかが、私たちのミッションだと考えています。

 

そこで提案したいのが「KPI(重要業績評価指標)Key Performance Indicator」の活用です。簡単にいうと「結果を導き出すためにすべきこと」を指標(数値)で管理する手法です。

 

ただし、目標は自由に決めていいわけではありません。あくまでも結果を出すための具体的な行動目標なので、数値管理できるものに限られますし、経営を効率化するために行うことなので、目標達成度が経営に直結する内容でなくてはなりません。

 

例えば、受付から診察までの時間を評価項目に設定し、待ち時間の短縮を目指すことなどが考えられるでしょう。残業時間や離職率を項目として労働環境の改善を狙うのも手だと思います。看護師や栄養士等に対しては、医療従事者としての使命感に訴えかける方が納得して取り組んでもらえるでしょう。

 

実際の活用事例として、管理栄養士による栄養指導の実施件数を項目にしている内科クリニックがあります。そこでは栄養指導の継続率を上げるため、食事レシピの紹介だけでなく調理指導等も交えて行うようにしたところ、再診率は5%ほど上昇しました。

 

いずれにしても、「目の前の患者さんやクリニックのためにできることを追求し、患者満足度が向上した結果として来院患者や収益が増える」という順番は崩さないことが肝心です。

 

人間関係が悪化、クレームの嵐…「利益重視」の弊害

先ほども少し触れましたが、医療現場には一般的な営利企業とは違う流儀や文化があります。利益は出さなければなりませんが、「安全」や「安心」がそれと同等か、それ以上に重んじられる業種です。

 

ただこれは保険診療をメインとするクリニックの話で、自由診療を売りとする美容外科や美容皮膚科等のクリニックでは形態が違います。それらは患者の病を治すのではなく、顧客の生活に豊かさをもたらす領域にあり、価格設定も自由に行えるため、民間企業に近く、経営センスが問われます。

 

実際に「利益重視」の美容皮膚科Aクリニックで起こった問題を取り上げてみます。

 

メディカルエステを併設したAクリニックの院長は、保険診療の医療だけでなく、保険外診療の美容分野にも積極的で、開業後十数年経った現在、地元では「美容皮膚科といえばAクリニック」といわれるほど確固たる地位を築いています。

 

ここで働くスタッフも看護師からエステティシャン、受付スタッフに至るまで、業界に精通したプロ集団です。「診療所」というよりも「エステサロン」と形容する方がふさわしいクリニックでもあります。

 

院長はあるとき、スタッフが働くモチベーションや帰属意識を高められるように、クリニックには珍しい歩合給制を導入しました。「成果を出すことが報酬アップにつながる」仕組みにしたのです。結果の測定には、それぞれの職種に応じた異なる数値目標を設定しました。

 

●受付スタッフ:電話での問い合わせの際に診療予約が取れた件数

●看護師、エステティシャン:申し込み件数と金額をポイントに置き換えて評価

 

こうすれば給料が上がるという道筋が明確に見えたからでしょう。目標達成への意識も高く、スタッフの動きには無駄がなくなり、売上増加にもつながりました。

 

しかし、評価につながらないことはやりたがらない傾向が生まれ、スタッフ間のコミュニケーションが乏しくなったのです。そして、放ったらかしにされた仕事の尻拭いをするのは、院長自身になりました。スタッフの現金な態度に辟易(へきえき)することもありましたが、成果を挙げている彼女たちに文句は言えません。

 

そんなある日、エステティシャンに対する大クレームが発生しました。常連客に対して「新商品のセールスがあまりにしつこかった」と言うのです。悪いことは重なるものです。翌日には看護師の施術中、「処置が雑で施術内容が料金に見合っていない」というクレームが寄せられたのです。

 

さらに追い打ちをかけるように、受付スタッフが予約件数を増やしたいがために無理にアポイントを取った結果、「予約時間どおりに診療してもらえなかった」というクレームが…。この件については看護師からも改善要求が出ていたので、院内の空気は殺伐としていました。

 

すべてのクレームの原因が、行き過ぎた個人主義へと向かわせた歩合給制にあることは明白でした。院長は歩合給制度を廃止し、お金ではなくやりがいが動機づけになるように、スキルアップのための勉強会や外部研修への積極的な参加を促しました。また、個人の評価からチーム(クリニック全体)の評価に切り替えることで、連帯感を持たせるべく、「院内で行われるすべてのサービスは、院長を中心としたチームで提供されるものである」と再認識させる仕組み作りも進めていきました。

 

この結果、「給料が減る」という理由で退職したスタッフも数名いますが、むしろそれは発展的解消だといえるでしょう。一時的にクリニックの収入は減りましたが、2年後には元の水準まで戻すことができました。なにより、院内の殺伐とした雰囲気は消え去り、成果を全員が共有して喜びを分かち合う明るいクリニックに生まれ変わったのです。

 

多くのドクターにとって、このAクリニックの事例はよい反面教師になるのではないでしょうか。利益の追求を動機づけにする手法は、クリニックには合いません。自由診療や物品販売を行うにしても、患者にしわ寄せが及ばないように、ドクターの管理体制のもとで提供されるべきでしょう。クリニックにおける結果の評価は個人に帰属させるのではなく、全体で共有する仕組みにした方がよいのです。

 

 

柳 尚信

株式会社レゾリューション 代表取締役

株式会社メディカルタクト 代表取締役

 

 

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※本連載は、柳尚信氏の著書『クリニック経営はレセプトが9割』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

クリニック経営はレセプトが9割

クリニック経営はレセプトが9割

柳 尚信

幻冬舎メディアコンサルティング

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