自社株は「後継者」に多く振り分ける
(前回の続きです)
三日後、由井は熊田メッキ工業の社長室に現れた。
「こちらが熊田さんの財産について計算した資産分析シートになります」
挨拶をすませると、由井はバッグから書類を取り出した。
「まず熊田さんの相続財産ですが、預貯金が2000万円、債権が1000万円、ご自宅が1500万円、そして自社株が2億1000万円で、計2億5500万円となっています。この財産の分割について私の方で案をまとめてきました」
「ほう、見せていただこう」
「まず預貯金ですが、こちらは子供さんたちで分けます。長男500万円、長女500万円、次男1000万円です。そのかわり債権と自宅は奥様が相続します。奥様には独自に2500万円の財産があるので、老後の資金に困ることはないでしょう」
「源太郎のところじゃ奧さんのへそくりに相続税が課税されるそうだが、うちは大丈夫なのか?」
「はい。熊田さんの奥様は従業員として会社で働き、その給与として受け取っていたお金を貯蓄していたわけですから、すべて奥様の財産と見なされご主人の相続財産には含まれません」
「それならいい」
「さて問題の自社株ですが、受益権を奧様に9000万円分、長男の雄一さんと長女の恵子さんに3000万円分ずつ、後継者の雄二さんには6000万円というような割合で分けるのが私の提案です」
「妻のが多いのはいいが、雄二が他の兄弟の2倍もらうと雄一や恵子が文句を言いそうだ」
「雄二さんはこれまで20年以上も熊田メッキで働いて、株式の価値を高め資産を増やすために大きく貢献してきたはずです。その寄与分と考えれば十分妥当な割合だと思いますよ」
「そう言われればそうだな」
「この分け方ですと相続税は一次相続で2047万円、二次相続で1239万円となります」
「一次相続の分は預貯金で賄えるというわけか・・・。二次相続が少し多い気がするが」
「奥様独自の財産である2500万円がこの時には課税対象となるためです」
「そういうことか。いや、妻の老後や子供たちの気持ちにも配慮した素晴らしい分割案だな」
自分の口で「思い」を伝えることが円満相続につながる
「そう言っていただけると、知恵を絞った甲斐がありました。あとは子供さんたちにこの相続によせた熊田さんの思いをぜひともしっかりとお伝えいただければと思います」
「思いか・・・俺は口下手でな」
武雄はぼやいた。
「雄二とは本音で話せるが、雄一や恵子は頭が良すぎて俺の言うことなど理解してくれない」
「そんなことはありませんよ。頭の良い子供さんなのでしょう? 正直に心の内を伝えようと努すれば必ずわかってくれます。この相続を円満に完了するには、実はみなさんに熊田さんの気持ちを理解してもらうことがとても重要なのです」
「どういうことだ?」
「遺産分割に納得していただけないと、たとえば雄一さんや恵子さんが、相続分である自社株を時価で買い取って欲しいと雄二さんに求めるかもしれません。会社にも雄二さんにもそんな資金はないでしょうから、深刻な事態に陥ることが考えられます」
「源太郎にも、同じことを言ったそうだな。円満相続が相続のカギだと」
「はい。たくさんの相続を見てきて、結局はそこに行き着いたのです。極端に言うなら節税はおまけのようなものです」
由井はニッコリと微笑んでみせた。
[図表]没後の遺言代用信託を使った事業承継