相続で起こるトラブルの多くは「贈与」が実行されていたか否かが主眼となる。税務調査において特に問題となる「名義預金」のみならず、あらゆる相続・贈与の問題において「贈与の基礎的な理解」が不可欠と言える。相続問題に精通する税理士が、贈与の基礎知識や留意点を解説する。※本記事は、『相続税調査であわてない 「名義」財産の税務』(安部和彦税理士著、中央経済社)より抜粋・再編集したものです。

「口頭のみで成立した贈与」…あとから撤回できるか?

わが国の民法※5においては、贈与は要式行為ではなく、口頭のみでも有効に成立する。しかし、書面によらない贈与は、各当事者(贈与者及び受贈者)が撤回できると定められており(民法550)、実質的に要式行為とした場合に近づけている。撤回により贈与は初めから無効となる。

 

※5:イギリス、ドイツ、フランス等では要式契約である。

 

ただし、履行の終わった部分については撤回できない(民法550但書)。例えば、500万円贈与すると口頭で約束したケースで、そのうち50万円を実際に手渡した場合には、支払い済みの50万円についてはもはや撤回できず(受贈者に返還を要求することはできない)、未履行の450万円部分のみ撤回できるのである。

 

書面によらない贈与に係る撤回権の意義は、一般に以下であるとされている※6

 

※6:内田貴『民法Ⅱ(第3版)』(東京大学出版会、2011年)166頁。

 

贈与者の意思が客観的に明確になるのを待つことで、将来起こり得る紛争(受贈者の忘恩などに起因するもの)を防止すること。ただし、受贈者に忘恩行為(贈与前は熱心に介護していたため贈与したところ、贈与後一転して虐待を始めるケースなど)がある場合には、書面による贈与であっても撤回を認めるべきであると解されている※7

 

※7:内田貴『民法Ⅱ(第3版)』(東京大学出版会、2011年)168頁。また、贈与者の財産状況が悪化した場合も、書面による贈与であっても撤回を認めるべきであると解されている。

 

贈与者の思い違いやうっかり(酒を飲んで気が大きくなったケースなど)といった軽率な贈与を防止すること

 

なお、贈与成立時には書面を作成していなくても、その後贈与契約の書類を作成した場合には、その作成時以降は撤回しえないとされる※8。書面作成により、贈与者の意思が明確となりそれが受贈者にも伝達されることで、撤回権を行使させるべき上記理由も消滅したと考えられるからである。

 

※8:柚木馨編『注釈民法(14)』(有斐閣、1966年)25頁。

贈与の効力が及ぶ範囲とは…「4つの重要項目」を解説

贈与の効力に関しては、以下の項目が重要である。

 

①財産権移転義務

 

贈与者に対する財産権移転義務の具体的な内容は以下のとおりで、基本的に売買と同様である※9

 

※9:内田貴『民法Ⅱ(第3版)』(東京大学出版会、2011年)167-169頁。

 

ア 目的物の引渡し義務
イ 不動産に係る登記への協力義務
ウ 善管注意義務(特定物の引渡し前、民法400)

 

②担保責任

 

贈与においても売買と同様に担保責任がある旨規定されている(民法551)。ただし売買の場合よりもその責任が軽減されており、原則として贈与者は担保責任を負わないが、例外として、贈与者が目的物ないし権利の瑕疵又は不存在を知りながら、それを受贈者に告げなかった場合においてのみ担保責任を負うこととなる(民法551①)。

 

③負担付贈与

 

贈与契約に関しては、贈与の際に受贈者に負担を課す「負担付贈与」も有効である。負担付贈与は通常の贈与と比較して、以下の点が異なる。

 

ア 贈与者は負担の限度において売買における売主と同等の担保責任を負うこととなる(民法551②)。

 

イ 負担付贈与は双務契約の規定の適用がある(民法553)。すなわち、同時履行の抗弁権(民法533)、危険負担(民法534-536)、負担の不履行による解除(民法540)が適用されることとなる。

 

④他人の財産の贈与

 

平成29年の民法(債権法)の改正により、他人の財産(自己の財産⇒「ある財産」に条文変更)の贈与であっても有効に成立することが条文上明確化された(民法549)。

その他の贈与…「定期贈与・死因贈与」に関する注意点

その他の贈与としては以下のものがある。

 

①定期贈与

 

定期贈与とは、定期的な給付(毎月10万円ずつ仕送りをするなど)を目的とする贈与である(民法552)。当該定期贈与は、贈与者又は受贈者の死亡によって効力が消滅する(民法552)。

 

②死因贈与

 

贈与者の死亡によって効力が生じる贈与を死因贈与という(民法554)。死因贈与も贈与契約の一形態であるため、単独行為である遺言による遺贈とは法的効力が一応異なるが、実質的な効果は似ているため、遺贈に関する規定(遺言の効力など)が準用されている(民法554)

 

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