相続で起こるトラブルの多くは「贈与」が実行されていたか否かが主眼となる。税務調査において特に問題となる「名義預金」のみならず、あらゆる相続・贈与の問題において「贈与の基礎的な理解」が不可欠と言える。相続問題に精通する税理士が、贈与の基礎知識や留意点を解説する。※本記事は、『相続税調査であわてない 「名義」財産の税務』(安部和彦税理士著、中央経済社)より抜粋・再編集したものです。

公正証書を作成すれば、税務調査の対策は万全なのか?

贈与は契約であるため、その有効性を第三者にもわかるようにするために、書面を作成する、すなわち贈与契約書を作成するケースもよく見られる。一般に、贈与契約書には当事者である贈与者と受贈者の署名押印がなされることとなるため、トラブル発生時において証拠能力が高いといえる。贈与契約が公正証書でなされていればなおのことである。

 

しかし、公正証書を作成すれば税務調査や、仮に課税庁と見解が相違して争いが裁判に持ち込まれた場合でも万全かというと、必ずしもそうとも言えない事案が散見される。その典型的なものが、最高裁で不動産の公正証書による贈与契約の有効性が争われた以下の事案であり、裁判所は、たとえ公正証書があっても当事者間に贈与に関する申込みと承諾のやり取りがなければ贈与が成立しないと判示している(最高裁平成11年6月24日判決・税資243号743頁、ただし判旨は名古屋地裁平成10年9月11日判決・訟月46巻6号3042頁と同じないし引用であるため、以下は名古屋地裁判決分より引用、本文中の太字〈★印箇所〉は筆者)。

 

「本件公正証書記載のとおり昭和60年3月14日に贈与されたとすると、贈与税の法定納期限は昭和61年3月15日であるところ、本件登記手続がなされたのは平成5年12月13日であるから、本件登記手続は、本件公正証書記載の贈与時期を基準にすれば、贈与税の徴収権が時効消滅したあとになされたことが認められる。

 

贈与者は、前記陳述書及び証人尋問において本件公正証書を作成しながら、所有権移転登記をしなかったのは、贈与税の負担を免れるためであったとして、次のとおり、陳述し、供述している。

 

金融業をしていたころ、東京のある会場で行われた税務問題のセミナーで、公認会計士から、『不動産の売買や贈与については、取引を完結したあとで、登記をしないでおいて、ある程度の年数がすぎると不動産取得税や贈与税がかけられなくなる。そのためには、売買や贈与による者の引渡しを済ませ、そのことを公正証書にしておけばよい』という説明を聞いたことがあり、本件不動産の贈与税を『節税』しようと考えた。

 

以上の事実からすると、本件公正証書は、将来原告(受贈者)が贈与者から本件不動産の所有権移転登記を受けて、被告(課税庁)が本件不動産の贈与の事実を覚知しても、原告が贈与税を負担しなくても済むようにするために作成されたものであることが認められる★1。(★1:太字は筆者コメント)

 

したがって、本件公正証書に、本件不動産の贈与時期が、昭和60年3月14日と記載されていることをもって、直ちに、同日、贈与者が原告に対し、本件不動産を贈与したと認定することはできない。」

 

「贈与者は、本件公正証書記載の贈与日時から贈与税の徴収権が時効消滅するまでは、本件不動産の登記名義を原告に移転する意思はなく、本件不動産の登記名義をいつ移すかということは、専ら贈与者の意思にかかっていたものと認められるところ、〔証拠略〕によれば、贈与者は、平成4年9月10日、贈与者が本件不動産から名古屋市天白区内に引っ越したことを理由に、本件不動産の登記の登記名義人表示変更をしていることが認められる。

 

他方、既に判示したように、原告は、少なくとも本件公正証書作成時においては、本件公正証書が、贈与税負担回避のために作成されたものであるということは知らなかったものと認められるところ、本件公正証書には、原告の請求があり次第贈与者は所有権移転登記をする義務があるとの記載があったにもかかわらず、証拠(原告本人)によれば、原告は、本件登記手続時まで、一度も贈与者に登記を移転するよう請求すらしなかったことが認められる。なお、贈与者は、当法廷において、原告が一度だけ登記を移転するよう請求したと述べているが、右供述は曖昧で信用することができない。

 

以上の事実からすると、本件公正証書は、将来原告が帰化申請する際に、本件不動産を原告に贈与しても、贈与税の負担がかからないようにするためにのみ作成されたのであって、贈与者に本件公正証書の記載どおりに本件不動産を贈与する意思はなかったものと認められる。他方、原告は、本件公正証書は、将来、本件不動産を原告に贈与することを明らかにした文書にすぎないという程度の認識しか有しておらず、本件公正証書作成時に本件不動産の贈与を受けたという認識は有していなかったものと認められる。

 

よって、本件公正証書によって、贈与者から原告に対する書面による贈与がなされたものとは認められない。★2(★2:太字は筆者コメント)。

 

贈与税の除斥期間の徒過(原則6年、相法36①)を狙った租税回避事案に関し、贈与契約の成立の時期を厳格に認定しそれを認めなかった事案であり、実務の参考になるであろう。

 

 

安部 和彦

和彩総合事務所 代表社員

国際医療福祉大学大学院 教授

 

相続税調査であわてない「名義」財産の税務 第3版

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