微熱と咳、症状はあるのに…医師がPCR検査を受けさせない人

感染症医である筆者は「事前確率」の低い人に検査をしないという。例えば、住んでいる地域で感染者がなく、外出も避けてきたような一人暮らしの患者は事前確率が低いといえる。患者の状況により変わるものは、退院時期の決定も同様です。同居人に老人がいる場合など簡単には退院させられないという。同じ症状の患者でも検査の有無・退院の時期に違いが出る理由とは。※本記事は、岩田健太郎氏の著書『僕が「PCR」原理主義に反対する理由』(集英社インターナショナル)より一部を抜粋・再編集したものです。

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3密を避けた「事前確率」低い人にPCR検査は必要なし

患者さんの話を、できるかぎり詳しく聞く。

 

これは専門用語で言い換えるならば、「事前確率」を推定する作業でもあります。

 

事前確率とは「検査前の患者さんがその病気を持っている確率」のことです。

 

この定義だけでは分かりにくいでしょうから、事例を挙げて説明してみましょう。

 

微熱と軽い咳が2日続いている患者さんがいます。その人が住んでいる地域ではここ何ヵ月も1人の感染者も出ていません。その人は1人暮らしで、3ヵ月前からずっとリモートワークをしています。それから、「連日の報道を見ているうちにコロナ恐怖症になってしまって、趣味のジョギングも今はやめています」と言っています。その言葉が事実なら、3密が発生する場所には行っていないだろうと推察できます。

 

この場合、事前確率はきわめて低いと僕ならば判定します。

 

そこで、その人には自宅で療養してもらうことにします。検査はしません。事前確率が極端に低いときに検査をすると、間違った結果が出ることが多いからです。

 

(※画像はイメージです/PIXTA)
(※画像はイメージです/PIXTA)

「急に動けなくなった」としても狂犬病は一切疑わない

事前確率について、もっと極端なケースを考えてみましょう。狂犬病という病気があります。イヌやコウモリなどに嚙まれることで感染する病気で、発症後の死亡率はほぼ100パーセントという恐ろしい病気です。

 

狂犬病の症状はたくさんありますが、その1つに「急に動けなくなってしまう」というものがあります。しかし、「急に動けなくなってしまった」という人が救急車で運ばれてきたとき、感染症医である僕はその人が狂犬病である可能性を最初から排除します。

 

どうしてかといえば、1956年以降、日本国内では狂犬病患者は1人も出ていないからです。つまり、海外への渡航が極端に制限されている2020年の日本において狂犬病の事前確率は限りなくゼロに近いのです。

 

ただし、狂犬病は今でも世界中にある感染症で、アメリカのような先進国でもときどき感染者が見つかります。インドでは年間2万人以上が狂犬病で亡くなっています。ですから、救急車で運ばれてきた患者さんが「昨日インドから帰国したばかりだ」という事前情報があったときは、狂犬病を考慮する必要はあります。

 

しかし、そうした事前情報がない場合は、「ウイルスがいるかどうか検査をしよう」とか「とりあえず隔離しよう」などとは考えません。「急に動けなくなる」という症状がある他の病気、たとえば脳梗塞についてアプローチするのが正しい医療のあり方です。狂犬病検査をしている時間があったら、脳梗塞の可能性を考えて行動したほうがずっとその患者さんにとってもいいはずです。

学級閉鎖の子供=検査が陰性でもインフルの可能性大

もう1つ、季節性インフルエンザの例で考えてみましょう。ある日、僕の勤務する病院にインフルエンザが疑われる男の子がやって来ました。季節は冬で、インフルエンザが全国的に流行っています。

 

昨日、その子のクラスではインフルエンザになった生徒が10人を超えて、学級閉鎖になりました。そして今日の朝、その子が熱を出した。「喉が痛い」「体の節々が痛い」と、彼は訴えています。

 

この場合の事前確率はきわめて高い。

 

ですから、真っ先にインフルエンザを疑います。ウイルスがいるかどうかを調べます。そして、かりに結果が陰性だったとしても、事前確率を重視して「この子はインフルエンザだ」という前提で対応します。インフルエンザの検査だって間違うこともあるからです。

 

事前確率は、あらゆる診断において考慮しなければなりません。検査の価値も、検査の意味も、事前確率によって変わります。それが臨床医学の基本中の基本です。この基本を無視したまま検査の是非を論じても、不毛な議論にしかなりません。

患者と同居人の健康状態により退院リスクを判断

僕たち感染症医は、たいていは疑り深い人間です。まず検査を信用しません。状況によっては患者さんが言っていることすら疑います。「厚労省のガイドラインはデタラメを言っているのではないか」と疑うこともあれば、「アメリカCDCのガイドラインを読めば真実が分かる」などとも考えません。

 

何事にも疑いの目を向けるのは、真実を知るためです。どうすれば真実に近づくことができるのか。一生懸命に考えれば考えるほど、疑り深くならざるをえないのです。真実を知ることはそれほど難しい。疑って、疑って、疑ってかかることが真実への近道です。

 

当然のことながら、自分自身も疑います。

 

つまり「自分が間違っている可能性」を常に考えるということです。

 

ここに新型コロナと判断されて入院している患者さんがいたとします。彼はもう2週間ほど病院にいて、見たところ元気になっています。PCRをしたら陰性になりました。そして、その病院には患者さんが増えています。つまり、家に帰せる人はできるだけ帰したい。

 

そういうケースで第一に考えるのは「その人にまだ感染性が残っているリスク」です。もしも、その人が寝たきりの高齢者と同居しているのなら、すぐに家へ帰すわけにはいきません。ここは慎重に対応しないとなりません。重症化のリスクが高い人に、新型コロナをうつしてしまうかもしれないからです。

 

でも、その人が1人暮らしをしているのなら、かりに感染性が残っていたとしても、人にうつすリスクはさほど高くありません。ですから、退院してもらいます。もちろんすぐに職場復帰はするべきではなくて、しばらく自宅療養をしてもらいます。家に帰った患者さんが再び熱を出して、検査をしたら陽性になった――ということがときどきあります。

 

「この人は家に帰してもいい」という医者の見立てが間違ってしまうことが時にあるわけです。そういうケースでは再入院をしてもらうこともあります。いったん退院して、また入院するというのは、患者さんには迷惑な話でしょう。「なんで俺を退院させたんだ」と、腹を立てる人もいるかもしれません。

 

しかし、それはときどきしか起こらないことです。そして、再入院のダメージはさほど大きくない。回復した患者さんにはいずれ必ず退院してもらわないといけないのですから、「この人にはもう感染性が残っていないだろう」という判断ができて、なおかつその判断が間違っていたときのダメージが小さいのなら、退院させてもいい。

 

これとは逆のケースが、ICU(集中治療室)にいる患者さんの隔離解除です。ICUにいる患者さんがPCR陰性になったとしても、それだけを根拠に隔離解除をしてはいけない。なぜか。

 

そこでしくじってしまったときのダメージがきわめて大きいからです。PCR陰性だけを根拠にICUの患者さんを隔離解除すると、最悪の場合、院内感染が起こります。重症患者が多いICUで院内感染が起きれば重症化、死亡リスクは高くなりますし、医療者の間で感染が広がれば、ICUの維持が困難になりかねません。医療崩壊のきっかけにだってなり得るのです。

 

 

岩田 健太郎

神戸大学病院感染症内科 教授 

 

 

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神戸大学病院感染症内科 教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学(現・島根大学)卒業。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院を経て、2008年より神戸大学。神戸大学都市安全研究センター医療リスクマネジメント分野および医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野教授。神戸大学病院感染症内科診療科長。著書に『「感染症パニック」を防げ! リスク・コミュニケーション入門』(光文社新書)、『感染症は実在しない』(インターナショナル新書)、『ぼくが見つけたいじめを克服する方法』(光文社新書)など多数。

著者紹介

連載感染症専門の内科医が「PCR」原理主義に反対する理由

僕が「PCR」原理主義に反対する理由 幻想と欲望のコロナウイルス

僕が「PCR」原理主義に反対する理由 幻想と欲望のコロナウイルス

岩田 健太郎

集英社インターナショナル

なぜ、ノーベル賞科学者でさえも「コロナウイルス」が分からないのか? その理由は日本人独特の「検査至上主義」にあった! 人間の体は宇宙よりも謎に満ちていて、素粒子よりも捉えがたい。そのことを知らないで、「机上の…

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