末期がんのワンマン亭主鈴木さん(90)「家にいたい」
鈴木さん宅を初めて訪問したのは七月の暑い日でした。古い大きな農家で、立派な門の前に車を止めて少し暗い家の中に入ったとき、鈴木さんは農家特有の広い居間の奥まったところに寝ていました。
約二年前に胆管がんで手術をしましたが調子が悪く、何回も入退院を繰り返しているようでした。最近になって肺への転移が見つかり胸水も溜まっているため、呼吸状態は決してよいものではありませんでした。
家族は奥さんと二人の娘さんがおり、娘さんたちは独立して近所に住んでいました。基本的には奥さんとの二人暮らしでしたが、娘さんたちのサポートも得られる状況でした。
病院ではすでに、胆管がんという診断名も、肺への転移も説明されており、本人は自分ががん末期の状態であることもしっかり認識しているとのことでした。
主治医が覚えた「違和感」の正体は?
初診前の情報では、在宅看取りとしてはよい条件がかなりそろったケースであるかのような印象でしたが、鈴木さんの場合は少し違っていました。鈴木さんに自分の病気をどう考えているのか、やんわりと質問してみました。
「ご自分の状態をどんなふうに思われていますか?」
という私の問いに、
「体重が二八キログラムも減ってしまい、がん末期です。痛みが出なかったら家で好きなことをしようかな……」
と鈴木さんは言います。そして次のように続けました。
「いかんかったらいかんで、悟っています」
この二番目の言葉が少し気になりましたが、自宅療養でも疼痛は十分治療できることをお話しして初診を終えました。
しかし、さらにもう一つ違和感を覚えることがありました。
末期がんの看取り状態、しかも本人は「家にいたい」と明言しているのに、週一回デイサービスに行くというのです。私たちの初診の時点で、ケアマネジャーはすでにこの家庭の問題に遭遇しているようでした。
ワンマンを突き進む鈴木さんに、家族は疲弊して…
初診後の大きな問題の一つは、薬の服用が確実にできないことでした。奥さんが一緒にいるのに、身体の衰弱した鈴木さんが薬の管理をしており、飲み忘れが非常に多かったのです。私たちは薬の内服を朝のみの一回にまとめましたが、それでも確実には飲んでもらえませんでした。
また、診察中に下着が尿で湿っていることに気づくことがよくあり、奥さんにそれを伝えるのですが、そっけない反応が返ってくることがほとんどでした。
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