アルツハイマー認知症と診断…認知症と闘う決意をする
認知症の疑いがあった妻は、MRIを撮った。脳を輪切りにして断面で調べるX線CTもあるが、MRI検査では、人体の磁気共鳴作用を利用して、縦、横、斜めといろいろな角度から、脳の中を立体的に調べることができる。
MRIは、磁気なのでX線被爆もなく安全だ。ただ、大きな機械のドームの中に入り音がするので、妻は、不安感を持って怖がっていた。検査は、数十分かかって無事終わった。
1週間後、再び診療所を訪れた。また、私が先に呼ばれた。ピンときた。先生は、MRIの写真を見ながら、「奥さんの、MRIの結果をお伝えします。これが、奥さんの脳の写真です。この鳥が飛んでいるような白い部分が、海馬です。この本の図が正常な方の海馬、これと比べると、奥さんの海馬は、小さくなっていますね。神経細胞が壊されて縮小しています。残念ですが、アルツハイマー型認知症に罹っておられます」とおっしゃった。
そうではないか、と思っていたが、やはり、直接聞くとショックだった。頭が良くて、あんなにしっかりしていた妻が、なぜ、認知症なんかになるんだと、内心憤慨するとともに、可哀想で仕方がなかった。私は、本人を憎まず病気を憎んだ。
「先生、本人に言うとショックを受けると思いますが、言われるのでしょうか?」と聞いた。
「ご主人のお気持ちは、良く分かります。でも、隠しておいても、必ず分かる時期がきます。これまで、騙されてた、嘘をつかれてきたとなると、ご主人との信頼関係が崩れます。この際、はっきり、お伝えしておいた方が良いと思います」と言われたので本人を呼んだ。
先生は、素敵な笑顔で、「検査の結果が出ましたよ。これが、あなたの脳です。正常な方の脳と比べますと、小さくなっていますね。脳の病気が見つかりました。軽いアルツハイマー型の認知症に罹っておられます。心配することはありません。年を取ると、遅かれ早かれ罹る病気です。お薬をちゃんと飲んで、楽しく毎日を過ごせばいいのです。何にも恐いことはありません。大丈夫ですよ」と優しく接して安心を与えてくれた。
「私、これから、どうしたらいいのですか」
「はい。分かりました。私、これから、どうしたらいいのですか」
勘の鋭い妻は、自覚して覚悟していたのだろうか、思いのほか、冷静な応対で動揺はなかった。ホッとした。
「趣味をしたり、得意な料理を作ったり、好きなテレビを見たり、散歩したり、お友達とお話ししたり、楽しいことを見つけて過ごせばいいのです。ご主人も応援してくれますよ。来月また来てください」と満面の笑顔で言われて妻は、「はい。分かりました」と素直に応えていた。
診察を終えた帰り道、「お父さん、認知症って嫌な名前ね。でも、私薄々感じていたの」と妻は言った。やはりそうかと思った。
「今は、医学と薬が発達しているので、心配しなくてもいいと思う。お前の場合、まだ、軽いから、お薬を飲んでいれば治るよ。先生の言われる通りにやろうね。お父さんも、全面協力するから、安心して」と言った。
「ありがとう。お父さん。私、お父さんだけが、頼りだから」とはしゃいで腕を組んできた。照れくさかった。
妻に、絶対に言えないことがある。アルツハイマー型の認知症は、薬で進行を遅らせることができても、現在では根本的に治すことは難しいということだ。
妻に嘘をついた。でも、これだけは、一生伝えられない言葉だった。その後、妻の認知症状は、次第に進行していった。
私は、認知症と闘う決心をした。
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棚橋 正夫
1936(昭和11)年、神戸生まれの京都育ち。1957年松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)に入社。音響部門の技術営業などに携わる。定年後、アマチュア無線、ゴルフなど趣味の道を楽しむ。