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「お父さん、ごめんなさい。」夫が肝を冷やした認知症妻の言動

なぜ、認知症なんかになるんだ――。物を失くす、使えなくなる、物忘れが増える……。刻々と変わりゆく妻の様⼦に⼾惑う⽇々について、棚橋正夫氏は書籍『認知症介護自宅ケア奮闘記 私の知恵と工夫』で記しています。本記事では、「認知症を発症したかもしれない」と感じるきっかけとなった、生活の変化について解説します。

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自宅の場所が分からなくなる…

2012年4月初旬の出来事だった。
 

妻が、スーパーに行くとき、「お父さん。今日は何を買ってこようか?」と必ず聞いた。

 

メモを取って財布に入れて、「では、行ってきます」「少し寒いけど、気を付けて」「はい」と返事をしカバンを肩から掛けて笑顔で元気に出かけたのが正午頃だった。我が家は、丘の上にあり西へ500メートルほど下ったところに通い慣れたスーパーがある。足腰が丈夫なのでよく散歩と運動を兼ねて買い物に行ってくれた。

 

いつも、2時間くらいで買い物を終え帰宅するのに、その日は、午後3時になっても帰宅しなかった。

 

「あれ。どうしたんだろう。誰かと話し込んでいるんだろうか」と心配になった。バイクに乗ってスーパーまで見に行った。店内をくまなく探したが姿はなかった。「どうしたんだろう」と不安に思った。親しい友達の家にも立ち寄ってなかった。

 

「どこに行ったんだろう?」とスーパー周辺を探し回ったが見つからなかった。

 

午後4時前になった。もしかしたら自宅に戻るか誰かから電話があるかもしれないと思い急いで自宅に戻った。やはり帰宅していなかった。4時半まで自宅で待った。もうすぐ薄暗くなってくる。いても立っても居られなくなった。

 

ふと思った。

「お父さん。道に迷ったの」

いつも大阪へ行くときJR長尾駅を利用するのでもしかしたらと思った。

 

JR長尾駅は、スーパーと反対方向の東側に当たる。距離は同じくらいだ。バイクでいつも通る道を探しながら長尾駅に着いた。周辺を見たがいなかった。「おかしいなぁ。豊子どこへ行ったんだ」と焦った。警察から電話があるかも知れないと思い、再度自宅に引き返すことにした。

 

自宅近くの直線道路を自宅まで100メートルくらいに来たとき、地図を見ながら男性と向き合っている妻を見つけた。

 

「あっ。いた。良かった」と思った。男性に見覚えがあった。ゴルフの友達Kさんだった。「Kさんじゃないの。豊子どうした。心配して随分探したんだ。見つかって良かった」と言うと、「お父さん。道に迷ったの」と言う。

 

心配顔でバイクに駆け寄ってきた。Kさんが、「棚橋さんの奥さんでしたか。大変失礼しました。私が長尾駅から帰宅途中、奥さんから声を掛けられ、道に迷ったので教えてと言われ自宅に立ち寄り地図でどの辺かと、聞いていたところでした」と言う。

 

「申し訳ありません。大変迷惑をかけました。ありがとうございました。連れて帰ります」と詫びた。「名前を言ってもらえば、直ぐに分かったのに、私が聞かなかったのが悪かったです。奥さん良かったですね。ご主人に会えて」「ありがとうございました。すみませんでした」と妻も丁寧に頭を下げて礼を言いKさんと別れた。

 

家が、すぐそこなのでバイクを押しながら妻と二人で歩き出した。「カギを渡すから先に帰って玄関を開けておいて」と先に行かせた。

 

自宅は、目の前の四つ辻を右に曲がった2軒目だ。ところが妻は右に曲がらず真っ直ぐ通り過ぎた。道に迷った原因は、これだと分かった。

 

大きい声で、「真っ直ぐじゃない。そこ右に曲がるんや」と指示した。妻は、戻って曲がりやっと自宅にたどり着いた。

手ぶらで帰宅…ビニール袋は、持っていなかった

長時間歩き通したので、疲れたのか玄関先で座り込んでいた。

 

「お疲れさん。疲れたやろう。上がってお茶でも飲もうや」と台所へ誘導した。買い物をしてきたと思うが手ぶらでビニール袋は、持っていなかった。どこかに置き忘れたと思う。追求はしなかった。

 

「お父さん。私、情けないわ。自分の家が分からなくなって、私、自信なくしたわ。お父さん、ごめんなさい」とうなだれた。沈んでいる妻を見て、

 

「たまたま、迷っただけやんか。一晩寝たら元に戻るわ」と言いながら妻の好きな緑茶を入れてやった。

 

妻は、「ありがとう」と言いながら、いつもはすぐに飲むのに湯気の立つお茶をじっと眺めていた。しばらくそっとしておいた方が良いと思いバイクの置いてあるガレージの扉を閉めに行った。そして台所に戻った。お茶を飲んでいたので落ち着いてくれてホッとした。これまでにも遅い帰宅が何回かあって、迷いながら帰宅していたのだと思う。

 

買い物は、私が行くことにした。

 

「なあ、豊子」と切り出した。

 

「お父さんも、最近お腹が出てきたので、お医者さんから散歩しなさいと言われてる。メタボやん。だから、これからお前と一緒に散歩がてらスーパーまで行こうと思っている。買い物にも慣れてみたいし、これからお前について行って買い物の仕方や何がどこにあるか教えてもらいたいから」

 

と言うと、

 

「そうね。もうお父さんに買い物を引き継いだほうがいいと思うわ」とにこやかに言った。

 

「はい。主婦業の一部を引き継ぎさせて頂きます」と頭を下げると笑って機嫌を直してくれた。

 

数十年以上、住み慣れた自宅の場所を忘れてしまうとは思ってもいなかった。それから、何度か一緒に買い物に行った。きつい坂なので、疲れると言い出し、その後の買い物は全て私がバイクで行くようにした。

 

この頃になると妻の言動や行動に異常が見られた。もしかすると認知症かもしれないと初めて疑い病院に連れて行くことを決意した。もの忘れはゆっくりと進み、妻も初めのうちは自分のしたことに気付いていたが、その自覚も次第に薄れていくようになっていった。

 

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棚橋 正夫
1936(昭和11)年、神戸生まれの京都育ち。1957年松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)に入社。音響部門の技術営業などに携わる。定年後、アマチュア無線、ゴルフなど趣味の道を楽しむ。

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著者紹介

連載幻冬舎ゴールドライフオンライン人気記事

本記事は幻冬舎ゴールドライフオンラインの連載の書籍『認知症介護自宅ケア奮闘記 私の知恵と工夫』より一部を抜粋したものです。最新の税制・法令等には対応していない場合がございますので、あらかじめご了承ください。

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