死を「忌むべきもの」と考える日本文化の懸念点
私たち生きている人間が、自分自身で一度も経験したことのない「死」を考えることは、確かに簡単ではありません。
率直にいって自分の存在がなくなるのは「怖い」ことでしょうし、身近な人との別れを想像すれば「悲しい」「つらい」など、ネガティブな感情が一気に押し寄せてきます。人によっては気分が落ち込み、ふさぎこんでしまう人もいるかもしれません。
私自身も、以前から医療・介護関係者や一般市民を対象にした講習会・セミナーで「死について考えよう」という提案をしていますが、どうしたら少しでも明るく考えられるか、心理的なダメージを与えずに話ができるかと、いつも思案しています。
ただそれ以前に日本人の場合、国民全体として「死」から目を背けてしまう、「死」を考えずに済むようにフタをしてしまう、そういう意識を強く感じます。
命を救うことだけに邁進し、本来どんな人も避けられないはずの死について一切学ぶことのない医学教育もそうですし、国民一般にも「死について語るのはタブー」という感覚が心の奥底に染み付いているようです。
それがどこから来ているのかと考えると、これは前著でも書きましたが、やはり戦争の影響は無視できないと思います。第二次世界大戦で300万人を超える尊い命が失われ、その反省として、命はかけがえのない何よりも大切なものであり、社会的にも命を守ることだけが最重要事項と考えられるようになったのだと思います。
先日も日本科学史家・科学哲学家の村上陽一郎氏が、同じようなことを指摘している新聞コラムを目にしました(〈 〉内は筆者注釈)。
「我々の社会は、『死』を如何に身近に感じ得るか、という点で、準備が少なすぎるのではないか。」─村上陽一郎
「〈コラム筆者の解説〉戦時下、人命が余りに軽んじられた反動で、命の『至上の価値』を唱えるうち、日々死の脅威に晒されている人々を支える体制も手薄になっていたと、科学史家は憂う。この社会は『隣にいる成員が日々次々に死んでいく社会』でもあるのに、その過程に人は子細に目を向けていないと。」
(『中央公論』2020年7月号「近代科学と日本の課題」より)」
また先日、たまたまテレビで葬式の作法について特集している番組を見ました。葬式では死を直接的に想像させる言葉は「忌み言葉」として避けられること、また「死=穢れ」であり、穢れを浄化するのが清めの塩であるといった内容が話題になっていました。
あとで気になって少し調べてみると、死を穢れととらえるのは仏教ではなく、もともとは神道の観念のようです。
仏教は本来この世とあの世、すなわち生と死を連続したものととらえており、輪廻転生のなかで成仏する(仏になる)ことが説かれます。一方の神道は、疫病や死、血などを「穢れ」とみなし、亡くなった本人だけでなく家族もしばらくは神社(神域)に立ち入れないとか共同体の祭事に参加できないなど、死そのものを忌避する性質が強いようです。
日本人の場合、仏教と神道がさまざまに融合して文化として根付いているので、意識の底流にはこうした観念があるのかもしれません。
終末期医療や臨床死生学の専門家である会田薫子氏は、著書のなかで死を「縁起でもない」こととして避ける心理は日本だけでなく、欧米の中国系の人たちの間でも見られるとして次のように記しています。
「こうした感覚は日本人だけでなく、英米では特に中国系住民でもしばしばみられるという。『言霊』に内在する力を信じ、『口に出したことは現実化する』という伝統的な考え方を有する人々にとっては、病態の悪化や生き終わり方に関する話し合いは文化的に障壁が高いといえるので、コミュニケーションには工夫を要する。」
(会田薫子著『長寿時代の医療・ケア─エンドオブライフの論理と倫理』より)
この「言霊」も神道に由来するもののようですが、ときに病状が進行するほど親族間で「縁起でもないことを言えない」ムードが強くなるケースがあるのも、事実だと感じます。
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