専門家に相談せずに、独断で相続対策をしてしまった結果、財産を残すどころか巨額の相続税を請求されてしまう事例が後を絶ちません。そこで本記事では、北村税理士事務所代表の北村英寿氏が、相続トラブルを事前に防ぐ方法について解説します。

かわいい子どもを苦しませる「相続税」

皆さんは、相続税をどのように考えているでしょうか。私が手がけた案件では、このようにおっしゃっていた方もいました。

 

「子どもはそれぞれかわいいから、特定の子だけを優遇できないのよ。まぁ、そのうち考えるわ」

 

この方は80代の女性です。夫はすでに亡くなっており、夫から引き継いだ会社の株式、自宅、現預金など豊富な資産を所有している方でした。結局、そのまま相続税対策に本腰を入れることなく、亡くなってしまいました。3人の息子が財産を相続したのですが、対策をしていなかったために、それ相応の相続税を納税せざるを得ませんでした。

 

この方のように、自分が亡くなったら課税されると心の隅ではわかっていても、何となく気持ちが向かず、相続税対策を進めることができない方は多いのではないでしょうか。また、日々の仕事や雑事に追われているうちに後回しにしてしまっている方も多いような気がします。

 

「税金だからある程度課税されるのはしかたない」と初めから諦めてしまっている人や、「節税対策をしたところで、そんなに変わらないだろう」と思い込んでいる方がいるという話も聞きます。

 

しかし、もう一歩踏み込んで考えてみてください。子どもたちの将来にどのように影響を及ぼすかを想像してみるのです。

 

もし何も対策をしないままで、突然相続人が多額の納税を迫られることになったら、さらには、手持ちの現金がなく、その納税に苦しむことになったら、と。

 

子どもをかわいいといっているのに、突然の相続税に苦しませる結果になってしまう、それは大きな矛盾ではないでしょうか。むしろ、かわいいと思っているからこそ、そこまでの面倒を見てあげるべきではないでしょうか。

 

相続税対策を何一つしないまま亡くなってしまった場合、相続人は、財産がどのくらいで、相続税はいくらになるかまったくわからない状態での相続となります。つまり、明日、いきなり数千万円、数億円のお金を現金として納めることになってもおかしくないのです。

 

相続人からすれば、相続税という借金を背負っているのと同じことです。いつ相続が発生して納税することになるかもわからない“見えざる借金”なのです。

 

ある日突然、多額の借金を背負うと想像したら、あなたならどのように感じるでしょうか。しかもその借金は、いざとなったら自宅を売却してでも、家族みんなでなけなしの現金をかき集めてでも、分割にして利子税が課せられてでも、支払わなければならない厳しい借金です。

 

そう考えますと、そのまま何もしないことが、残された子どもたちにとって不利にしかならないとわかっていただけるかと思います。

 

相続税という“見えざる借金”をできる限り少なくしておく、そしてそれによって子どもたちを楽にさせてあげる、これはいつの日か被相続人となる親のすべき大切なことだと思います。

生活が困窮するほど納税に苦しむことも…

見えざる借金のためには、相続税対策を講じる必要があります。その相続税対策ですが、基本は次の3つです。

 

① 節税対策

② 納税資金対策

③ 遺産分割対策

 

①の節税対策とは、納める税金を極力減らすことです。そのためには、課税財産の相続税を減らす(圧縮する)必要があります。相続税は、プラスの財産からマイナスの財産(負債)を控除した残額である課税財産に対して課税されます。したがって、この課税財産を減らすことで減額を狙います。

 

課税財産を減らすにはいろいろな方法があります。たとえば個人や法人で収益不動産を購入して、借入金を財産と相殺していくという方法があります。

 

②の納税資金対策は、文字通り相続税の納税資金を準備することです。主となる相続財産が不動産で、現金があまりない場合には、手を打っておかなければなりません。不動産を売却したり、生命保険を活用したりする方法があります。

 

③の遺産分割対策は、相続人同士で争わないように、皆が納得する遺産分割方法などを考えることです。被相続人が生前に相続人と十分に協議し、誰がどの財産を相続するか決めておき、後々もめないように整理したり、分けやすいようにしたりしておくのです。遺言書の作成なども有効な手段です。

 

どの対策を優先すべきかは、各家庭により家族構成、相続財産、財産額、思想など千差万別であり、その目的、内容が異なるので、一概には判断できません。納税資金対策を優先すべき場合もあれば、円滑な遺産分割対策を優先すべき場合もあり、節税対策を優先すべき場合もあります。しかし、どの対策を優先するにしても不動産は密接に関わってきます。

 

そのための相続税対策としてもっとも重要なのは、不動産を使って、広い視野の中からそれぞれの目的に合致した方法を選択し、実施していくことです。

 

節税ばかりに注力しすぎて誤った方法を選択してしまうと、トラブルが生じ「相続税対策なんてしなければよかった」と後悔する結果になりかねません。また、争わないように相続人の希望ばかりを聞いていたら、相続税が高額になって生活が困窮するほど納税に苦しむ結果になった、というのでも意味がありません。

 

不動産を使い、どの対策も過不足がないようにバランスを保ち、対策を講じていく。そのようなスタンスで、相続税対策を考えていくことが重要なのです。

“争続”になると相続税を減らす特例を使えない!?

対策の中でも、遺産分割対策が不十分である場合、しばしば争いが起きます。

 

たとえば、3人の子の母親Aさんが亡くなったとします。夫はすでに亡くなっていたため、相続人は長男のBさん、次男のCさん、長女のDさん3人でした。

 

現金は少なく、財産のほとんどは自宅でした。BさんとDさんは、自宅の相続を放棄するつもりでした。Cさんが母親のAさんと同居してずっと面倒を見ていたことを知っていたからです。それがみんな当然だと思っていました。

 

ところが遺産分割協議中、Cさんは他の2人がそれを言い出す前に「財産は、自分が相続するのが当然だと思う」と言ってしまったのです。これを聞いて、BさんとDさんは腹を立てます。「放棄しようと思っていたけど、そういう言い方をされるのは筋が違う。納得できない」と、逆に権利を主張するようになってしまったのです。

 

「納得できない」と長男は権利を主張… (画像はイメージです/PIXTA)
「納得できない」と長男は権利を主張…
(画像はイメージです/PIXTA)

 

このように、相続をめぐって家族・親族間で紛争が起こってしまうことを“争続”といいます。一度“争続”になってしまうと、解決するのは簡単なことではありません。

 

話し合いがこじれてしまったのは、Cさんの一言が原因なのは確かです。ただ少し先走ってしまい、言葉の順番を間違えただけのようにも思えます。しかしそんなことがもととなり、争いとなってしまうのです。

 

人の気持ちは単純です。ほんのちょっとした一言で機嫌を損ねたり、傷ついたり、頑なになったりするものです。次男が、あと少しだけ兄弟に配慮していたら、あるいは、少しずつ「放棄する」という言葉を導き出せていたら、遺産をめぐって争うことはなかったかもしれません。

 

ただし、この場合、どういう話し方をするか考えるよりも、もっと確実な方法がありました。被相続人が遺産分割の方法をあらかじめ決めておけばよかったのです。

 

自宅しかないのであれば、自宅を相続しない子にも何か別のものを残すことも考えるべきでした。生命保険に新たに加入したり、Cさんの経済状況を確認して、自宅を相続する代わりに他の兄弟に現預金を渡せるかどうかを検討したり、もし本当に何もないのであれば自宅を売却して分け合うことも視野にいれるべきだったでしょう。

 

自宅が生活の場で売却が難しければ、事前にBさんやDさんに納得してもらえるように説得するか、遺言書に「申し訳ないが、わかってほしい」といような内容をしたためておけばよかったのです。

 

同居していたCさんが自宅をそのまま相続するのであれば、小規模宅地等の特例適用でき、敷地の評価額は80%もの減額の適用があります。相続税がかなり減額されたはずです。

 

しかし、相続人同士で争いが始まってしまったために、相続手続きはもうストップです。遺産の分割協議が終わらないので、小規模宅地等の特例などの適用は一切受けられません。そのまま申告期限が過ぎてしまって、多額の相続税を納めることになります。

 

遺産分割協議が後々うまく終結すれば、過大に払った分の相続税が戻ってはきます。しかし、一度もめてしまった場合、それほど簡単には解決はできません。もともと仲のよかった兄弟姉妹が、これまでにないほど言い争い、疑心暗鬼にあり、骨肉の争いに発展していくケースを、私は何度も見てきました。

 

そうなると、結局、多額に納めた相続税は戻ってきません。節税対策を進めるにあたり、争うのはタブーです。節税を確実にしていくには、遺産分割対策を踏まえて考えていくべきなのです。

大増税時代に大損しない 相続税対策

大増税時代に大損しない 相続税対策

北村 英寿

幻冬舎メディアコンサルティング

相続税対策を成功させるためには、実行に移してからの最終的な「出口戦略」まで考える必要があります。 「出口戦略」とは、相続税対策のために購入した賃貸不動産の最終的な顛末を考えることです。 相続発生後は、基本的にそ…

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