親が介護施設に入所した、医療費でまとまったお金が必要になった、実家が空き家になり管理が難しくなった…親の高齢化に伴い、多くの家族が実家の処分を迫られます。しかしマイホームは親にとって人生最大の買い物であり、子どもにとっても思い入れの深い場所です。そう簡単に売却できるものではありません。そこで考えられる方法が「実家を賃貸する」という選択肢。どのような手続きが必要なのかを具体的に見ていきましょう。※本連載は、司法書士・杉谷範子氏の著書『介護とお金の悩みを実家で解決する本』(近代セールス社)より一部を抜粋・再編集したものです。

実家を売却したくない家族の選択肢、「賃貸」

前回の記事『「実家を売却する手順」親の入院、介護施設入所で…お金も必要』(関連記事参照)では、親が高齢になり今までのように思うように動けなくなったり、病気を患い倒れたり、また、認知症が進んで判断能力がなくなったときなどにあわてなくて済むよう、実家の売却について解説しました。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

一方、親が介護施設に入所し実家が空き家になっても、実家を売却できない家族は多くいます。実家は親にとって一生で一番大きな買い物です。ようやく手に入れたマイホームには思い入れがあるので、お金に困らないと売る決断がつかないのです。

 

また、施設に入所していても、施設での生活に不満や不安が生じたときに戻る場所を確保しておきたいという気持ちもあります。さらには、実家には家財道具を残しているため、すぐには処分できないうえ、子どもにとっても実家は生まれ育った場所のため、人手に渡すことを躊躇してしまうのです。立地の良い実家ですと、売却よりも賃貸で毎月、賃料が入る方が、得な場合もあるでしょう。

 

このように、実家の売却までは考えてはいないが、空き家にしておくと固定資産税や維持・管理が負担になるので賃貸するという家族もいます。では、実家を賃貸するにはどんなプロセスを踏むのか順に見ていきます。

 

①いくら位で貸せるか賃料の相場を調べる

②不動産業者に賃料の査定をしてもらう

③賃貸業務のどこまで不動産業者に依頼するかを決め、仲介契約や管理契約を結ぶ

④どういう借家契約にするかを決める

⑤入居者を募集する

⑥入居者と借家契約を結ぶ

⑦入居後の管理を行う

⑧入居者退去時の管理、手続きを行う

 

このような手続きにより進めていきますが、後述するように借主は法律でかなり保護されています。よく調べておかないと後から面倒な事態になることがあるので、十分な注意が必要です。

 

また、賃貸に伴い不動産業者に依頼する業務には、次のようなものがあります。

 

入居者の募集、賃料や敷金の授受・管理、入居者の苦情対応、契約違反の対応、物件の清掃・メンテナンス、設備の修理、更新の手続き、退去時の立会い・修繕箇所の確認、退去時の金銭の精算、退去後のクリーニングや修繕、室内のリフォーム、修繕のための費用の積立など。

 

これらの業務をどこまで依頼するかは、それぞれ支払う費用を確認してから契約することになります。

「実家賃貸」の契約は2通り…それぞれの特徴を比較

実家を賃貸するには、「普通借家契約」と「定期借家契約」の2通りの契約形態があります。それぞれ特徴がありますので、内容をよく理解したうえでどちらにするか決めることになります。

 

①普通借家契約

普通借家契約とは、一般的な借家契約のことで、次のような特徴があります。

 

<普通借家契約の特徴>

【契約方法】

●通常は契約書を作成するが、法的には書面でも口頭でも契約は成立する。

 

【契約期間】

●期間を1年未満とする契約はできず、期間が1年未満の契約は期間の定めがないものとされ、通常は2年とすることが多い。

 

【契約更新】

●貸主は、正当事由がない限り契約更新を拒絶できない(借主が更新したくない場合は、契約は更新されず終了する)。

 

【途中解約】

●借主からの中途解約の場合は特約に従う。一般的には、貸主・借主ともに数ヵ月前の予告で解約とする特約が付いているが、貸主からの解約の場合に、借主が合意しないときは正当事由を必要とする。

 

ところで、「一度、家を貸したら戻ってこない」という話を耳にしたことはありませんか。普通借家契約では、契約期間が終わっただけでは借主に明渡しを依頼できません。借主が引続き住みたいと希望しているときに、貸主が契約の解約や契約更新を拒絶するには「正当事由」が必要とされます。

 

正当事由とは「貸主が積極的にその建物に住まなくてはならない必要性ができた」などの理由を指します。単に、貸主が「建物が古いので建て替えたい」とか、「子供が独立したので住ませたい」という理由では認められません。

 

このように、正当事由の範囲が限定されているので、一般的には正当事由を補完するために「立退料」を支払うことになります。この立退料が結構、高額になることが多く、普通借家契約は貸主に不利な条件となるため、実家を賃貸するうえで大きな阻害要因とされています。そこで、借主の保護を抑えた、以下のような「定期借家契約」を考えてみる必要があります。

 

②定期借家契約

 

定期借家契約とは、契約で定めた期間で更新されるのではなく、確定的に借家契約が終了する契約で、次のような特徴があります。

 

<定期借家契約の特徴>

【契約方法】

●公正証書等の書面による契約に限る。

●「更新がなく、期間の満了により終了する」ことを契約書とは別に、あらかじめ書面を交付して説明しなければならない。

 

【契約期間】

●1年未満も可

 

【契約更新】

●契約期間が終了すれば契約は終了し更新がない。

●更新したい場合は、契約の終了後に貸主・借主が再度契約する必要がある。

 

【中途解約】

●居住用建物で床面積が200m²未満であれば、転勤、療養、親族の介護等やむを得ない事情により、生活の本拠として使用することが困難になったときは、借主からは契約を中途で解除の申入れをすることができる。

●上記以外の場合は、中途解約に関する特約に従う。

 

【契約終了時】

●契約期間が1年以上の場合、貸主が契約期間満了の1年前から6ヵ月前までの間に、貸主に対し「期間満了によって賃貸借が終了する旨」を通知する必要がある。

 

定期借家契約は、公正証書等の書面で契約する必要がありますが、一般の書面でも契約することは可能です。普通借家契約は法的には口頭でも契約できますが、定期借家契約では書面を必要とします。

 

また、契約の前に貸主はあらかじめ借主に対し、定期借家契約では契約が更新されず期間の満了により借家契約が終了する旨を記載した書面を交付して説明しなければなりません。この書面が交付されなかった場合は、従来型の普通借家契約と扱われます。

 

なお、定期借家制度は2000年3月1日から施行されていますが、それより以前に締結された住宅の普通借家契約は、借主を保護する観点から、借主と物件が変わらない場合、定期借家契約への切り替えは認められていません。

 

したがって、定期借家契約は家賃の支払遅延を繰り返すなどの迷惑な借主がいたとしても、期間の経過で契約は終了するため、長く居住するリスクは低いといえます。また、1年以下の短い期間での契約が可能なため、さまざまな用途(単身赴任、シェアハウス等)にも利用しやすいというメリットがあります。

 

一方、借主にとっては、期間の経過で契約は終了し、原則、再契約ができず立退料ももらえないため、普通借家契約よりメリットは少ないでしょう。貸主は短期間の契約は借主を見つけることが難しいことから、比較的安く家賃を設定することになります。

 

ただし、「再契約型」の定期建物賃貸借契約を結ぶことで、一定の条件(ゴミ出しなどで近隣から苦情を年に2回以上受けない、家賃を2回以上滞納しないなど)をクリアしたら再度の定期借家契約を保証する、「再契約保証型定期借家契約」も選択肢に加えることができます。

こんなにある…「所有者の判断能力」が求められる場面

実家を賃貸する流れと契約について見てきましたが、売却との大きな違いは、原則として「不動産の登記申請」を行わないことです。しかし、実家の所有者は不動産業者との仲介契約や管理契約、また、借主との借家契約を締結するときに判断能力が必要になります。

 

さらに、入居後も借家契約が継続するので、貸主には入居者に対して貸した建物を使用、収益させる義務があります。その義務を果たすために判断能力が必要となる場面が多く登場します。以下、手続き面でどのような場面があるのかをあげてみます。

 

①実家を賃貸する前の手続き

●不動産業者への賃料の査定依頼

●不動産業者との仲介契約、管理契約、入居募集契約

 

②借主との入居時と入居後の手続きや対応

●借主との借家契約の締結

●家賃や敷金の受領

●エアコンや給湯器などの付帯設備トラブル、水漏れや騒音、ゴミ出しなどのトラブルへの解決義務

●賃料不払いへの対応

●賃料増額請求や賃料減額請求への対応

 

③借主との退去時の手続きや対応

●契約更新や契約解除の意思表示

●借主への原状回復請求

●敷金の返還

 

④契約の更新

 

これらの手続きには、すべて所有者の判断能力が必要となるため、重い認知症になったら進めることができません。そのようなことにならないために事前の対策が求められるのです。

 

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杉谷 範子

司法書士法人ソレイユ 代表

司法書士

 

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著者:杉谷 範子

税務監修:成田一正

近代セールス社

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