傷つけない配慮が、傷つきやすい子どもや若者を増やす
ちょっとしたことで傷つきやすい心が世の中に蔓延しているのは、だれもが感じていることだろうが、そうした現実への対処として傷つかないような子育てや教育が行われていることには違和感を抱かざるを得ない。
傷つけないようにと配慮しすぎることで、傷つきやすい子どもや若者がつくられていく。これは、冷静に考えれば、ごく当然のことのはずだ。菌を排除して純粋培養すれば、雑菌だらけの環境に弱くなるのと同じだ。現実の社会に出れば、思い通りにならないことだらけである。頑張ってもうまくいかないこともある。
学校時代なら、いくら試験の準備勉強をしても良い点を取れず、成績が上がらないということもあるだろう。受験勉強を頑張ったのに、志望校に合格できないということだってあるだろう。部活でも、必死に練習しているのに、ライバルを追い抜くことができず、いつまでたってもレギュラーになれないということがあるかもしれない。
就職後なら、仕事でいくら成果を出しても、期待するような評価が得られないこともあるだろう。上司と価値観や性格が合わず、不遇な目に遭うこともあるかもしれない。組織の上層部や取引先からの処遇に理不尽さを感じても、我慢しなければならないこともあるはずだ。社内のライバルやライバル社にどうにもかなわないこともある。信じていた人に裏切られることもある。好きな人に振り向いてもらえないこともある。
そのたびに深く傷つき、落ち込み、立ち直れずにいたら、厳しい現実を生き抜くことなどできない。そこで大切なのが、思い通りにならない状況への耐性を高めることである。動機づけと原因帰属(成功や失敗を何のせいにするかということ)を組み合わせた古典的な心理学実験からも、そのことが示唆されている。
動機づけの心理学で有名なドゥウェックは、原因帰属の仕方を変える、つまり失敗を努力不足のせいにする認知の枠組みを植えつけることで、無力感の強い子の達成動機を強められるのではないかと考えた。そこで、8歳から13歳の子どもたちのなかから極端に強い無力感をもつ子ども(失敗すると急にやる気をなくし成績が低下する子)を選び、6人に成功経験法を、他の6人に原因帰属再教育法を施した。
成功経験法とは、常に成功するように易しい課題を設定する方法である。原因帰属再教育法とは、5回に1回の割合で失敗させ(到達不可能な基準を設定する)、その際にもう少し頑張ればできたはずだと励まし、失敗の原因は自分の能力不足ではなく努力不足にあると思わせる方法である。
これらの治療教育の前、中間、後の3つの時点における失敗後の反応をみると、原因帰属再教育法のみに治療効果がみられた。原因帰属再教育法による治療教育を受けた子どもたちでは、失敗の後に成績が急降下するということがなくなり、「もっと頑張らなければ」と発憤するのか、失敗直後にむしろ成績が上昇する子が多くなった。
一方、成功経験法による治療教育を受けた子どもたちは、成功しているうちはよいものの、失敗すると成績が急降下するといった傾向を相変わらず示した。この実験からわかることが2つある。ひとつは、失敗すると傷つくからと失敗させないでいると、失敗に弱い心理傾向が改善されることはないということである。
もうひとつは、失敗の受け止め方を前向きにすることで失敗に傷ついたり落ち込んだりすることなく、むしろ発憤する心がつくられるということである。成功体験をいくらしても、失敗への耐性は高まらないのである。
では、ものごとに対するタフな受け止め方は、どうしたら身につくのだろうか。まず第一に大切なのは、小さな失敗やなかなか思い通りにならない苦しい状況を繰り返し経験することで、失敗による感情的な落ち込みに慣れることである。何度も経験していれば、慣れの効果により、その衝撃度合いは弱まっていく。感情的な落ち込みに慣れれば、冷静に対処できるようになる。
第二に、原因帰属再教育法をヒントに、思うような結果が出なかったときやなかなか窮状を脱することができないときに、「自分はダメだ」などと自分を責めたりせずに前向きな気持ちになれるように、適切な声がけをすることが大切である。
たとえば、「だれだって失敗することはあるよ」「挫折を経験することで人は強くなっていくんだよ」「結果がすべてじゃない。頑張ることで力がつくことが大事なんだ」「頑張ったときの爽快感はかけがえのないものだよ」などといった主旨の前向きの受け止め方に気づかせるような声がけも有効だろう。
榎本 博明
MP人間科学研究所 代表
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