「店舗を借りるから、連帯保証人になって」唖然の要求
前回の記事『「1ヵ月だけよ」同情心でハンコを押し…背負わされた借金総額』では、連帯保証人の恐ろしさを知らなかった私の母が、叔父の連帯保証人となった結果、住む家を失うこととなった実話を紹介しました(関連記事参照)。
もう一つ実例を挙げましょう。「従業員が勤め先の会社が店舗を借りる連帯保証人になってしまった」という話です。偶然ですが、こちらも私の眼前で起きました。
話の「主役」を仮に村野さんとしておきましょう。30歳代の女性です。彼女はスマホやモバイル端末の修理技術者です。東京圏に十数店を持つ修理業者の店舗に勤めていました。正規雇用社員です。
村野さんはもともとは私の著書の愛読者です。講演会に足を運んでくれたり、私の福島第一原発事故取材にカンパを送ってくれたりしました。そんなご縁でメッセージをやりとりしているうちに、彼女がロックを好きだということがわかり、共通の話題ができました。
ある日の雑談の中でのことです。職場のグチのような他愛のない話でした。彼女がふと「会社が店舗を借りる連帯保証人になっているので、今の仕事を辞められない」と言ったのです。私は耳を疑いました。詳しい事情を尋ねると、こうでした。
村野さんの勤め先の「社長」は、スマホの修理店のほかに事業を拡大して、近くのマンションの一室を借りてネイルサロンを開こうとした。ところがあと数日で内装工事の開始日が迫っていたのに、賃貸物件を借りるための連帯保証人が見つからない。それで従業員である村野さんに連帯保証人になってくれと頼んできたというのです。
村野さんは断れなかった。ネイルサロンの店舗の賃貸契約書に、連帯保証人としてハンコをついたのです。
それまで、社長は自分の意に沿わないことを村野さんが言うと、わざと無視をしたり、あれこれ彼女が嫌がることをしてきた。もとより、雇用者と被雇用者です。断ってネイルサロンができなくなったら、職場の雰囲気が気まずくなるのではないか。職場にいられなくなるのではないか。そう不安で断れなかったというのです。
「勝手に給与カット」の理不尽さえ、合法になる恐怖
話を聞くうちに、村野さんが「勤め先企業の賃貸店舗の連帯保証人になることで発生する義務」について、理解していないことがわかりました。
雑駁に言うと、もし「社長」が家賃を滞納したら、村野さんが肩代わりしなくてはいけないのです。
仮に、経営がうまくいかなくなり「社長」がネイルサロンの賃料を滞納したとします。すると、サロンの店舗物件のオーナー(家主)は、村野さんに「社長に代わって賃料を払え」と請求する権利があります。連帯保証人の義務として、村野さんはそれを断ることができません。拒否しても、家主は村野さんを提訴することができます。提訴されたらまず100パーセント負けます。つまりどう抵抗しても「社長」が滞納した家賃を村野さんが肩代わりしなくてはいけないのです。
さらに事態が悪化すれば、こんなことも想定できます。店舗を借りている契約者である「社長」は「賃料が払えない」として、村野さんの給料からネイルサロンの賃料に回し、その分を支払いから差し引くかもしれません。連帯保証人の法的義務から考えると、不法でも不合理でもありません。つまり、ネイルサロンの連帯保証人を引き受けたことで、社長は村野さんの給与カットができるのです。
最悪の場合、村野さんは働いても働いても給料をネイルサロンの家賃に回され、一銭ももらえないかもしれない。しかも、連帯保証人の義務は、村野さんが職場を辞めたとしても、社長が店舗を借りている限り、ずっと続きます(もちろん、社長がそこまで計画して村野さんを連帯保証人にしたのかどうかはわかりません。法律的な可能性を指摘しているにすぎません)。
私は村野さんの職場を訪ねたことがありました。私のスマホの電池の寿命が来たので、交換をお願いしたのです。そこで40歳代とおぼしき男性「社長」にも会ったことがあります。ビルの一室にある「社長」と従業員数人の小さな職場でした。
そもそも一般論として、経営者が従業員に、店舗を借りる連帯保証人になれと依頼するなどという話は、私の理解を超えます。村野さんの立場に立てば、あまりに権利が小さく、義務ばかりが大きくて、リスクが高すぎるのです。