※本連載は、烏賀陽弘道氏の著書『敷金・職質・保証人―知らないあなたがはめられる 自衛のための「法律リテラシ―」を備えよ』(ワニブックス)より一部を抜粋・再編集したものです。

絶対に断るべき…「連帯保証人」という最も危険な契約

前回の記事『恐ろしい…「実は、ハンコをついたら最後」日本の契約書の中身』では、契約書を一言一句読むことの重要性を解説するとともに、安易な捺印が引き起こした悲劇的な事例を紹介しました。

 

こうした「契約書には簡単にハンコをつくな」という話の中で、もっとも市民にとって身近で、しかも深刻な結果を招く落とし穴として「連帯保証人」を挙げましょう。

 

あなたのような普通の市民にとって「連帯保証人になってくれ」と頼まれる機会は大きくわけて二つあると思います。

 

①家族・親族や友人の借金の連帯保証人。

②住宅や店舗、事務所を借りる人があなたに「連帯保証人になってくれ」と頼んでくるケース。

 

結論を先に言いましょう。連帯保証人になってはいけません。絶対にいけません。断固、とことん断ってください。

 

友情が壊れようが、親族や家族に「冷たいやつだ」と罵られようが、絶対に引き受けてはなりません。拷問でもされない限り断り続けてください。

 

数ある契約の中でも「連帯保証人」は「義務」ばかりが積み重なっていて、権利がほとんどないからです。

 

連帯保証人ほど(※写真はイメージです/PIXTA)
「連帯保証人」は絶対に引き受けてはならない…(※写真はイメージです/PIXTA)

連帯保証人のむごい義務

あなたが連帯保証人になる契約にハンコをついたとしましょう。依頼してきた人が借金返済に行き詰まったとき、賃貸物件の賃料を滞納したとき「払ってください」という請求は連帯保証人であるあなたに来ます。そしてそれを断ることはできません。「他をあたってくれ」と言う権利もありません。反論の権利が認められていないのです。

 

「滞納」というと悪意ある行為に思えます。あなたは「いやいや、あの人は滞納するような悪い人じゃないから大丈夫」と思うかもしれません。「事業も順調だし大丈夫」と思うかもしれません。しかし、その人がポックリ死んでしまったらどうするのですか。不景気が来て会社が倒産したらどうしますか。

 

そうした「アクシデント」は、依頼者が善人であろうと悪人であろうとやって来ます。依頼してきた人の負債や、経営する会社の財務状況を調べましたか。生命保険に入っているかどうか確認しましたか。それを調べるのが面倒くさいと思うくらいなら、引き受けないことです。

 

いずれにせよ、返済が滞ったとき、あなたに課せられる法的義務は同じです。お金や家の貸主に「カネを返せ」と提訴されたら、あなたは100%負けます。他人の借金なのに「お前が払え」と裁判所が命じるのです。裁判で負けると、銀行預金や給料、不動産など財産を差し押さえられます。働いても働いても、その給料は他人の借金返済の肩代わりに使われ、あなたには一銭の資産も残りません(差し押さえの上限は月収の3分の2ですから、3分の1は残りますが、最終的な返済総額は同じです)。家を差し押さえられ、住む場所を失う可能性すらあります。つまりホームレスにさえなりかねないのです。

 

そんなむごい義務ばかりが課せられ、しかし一方何の権利もない。例えば、家賃を滞納した人に代わってあなたが賃料を返済したとしても、あなたにはその賃貸物件を使用する権利はありません。他人の借金を返済してあげても、何の資産にもなりません。こんなアンバランスな法制度が存在する事実そのものが驚きに値します。

 

自分の子供が進学して、下宿するためにアパートを借りた。親として、その賃貸住宅契約の連帯保証人になった。私が「まあ、その程度ならいいんじゃないですか」と言えるのはそれくらいしかありません。

 

もともと、こんな不利極まる内容の契約をあなたに求めてくるような人は、あなたとの人間関係を大切だと思ってはいないのです。「連帯保証人になってくれ」と依頼する人は「私が失敗したときには、借金返済に一緒に引きずり込まれてくれ。君には何のトクにもならないけどね」と言っているにすぎません。そんな人に「困っているみたいだから、助けてあげよう」などと仏心を起こしてはなりません。

 

家族や友人に連帯保証人を依頼する行為そのものが、家族愛や友情を破壊することだと私は考えています。「私に連帯保証人を依頼するとは、あなたは私たちの関係をそれほど軽視しているのか」と怒り狂うくらいでちょうどよい(そして、その方が断りやすくなります)。

「不要なハンコ」で起きた悲劇

こうした連帯保証人の恐ろしさを説明するのに、私の血縁者に起きた例を紹介しましょう。その方が、なぜ私が「連帯保証人にはなるな」と力説するのか、納得してもらえると思うのです。

 

実は、この出来事は「法律や契約を知らないと、恐ろしい結果が待っている」という教訓を私に残しました。その意味では、この連載を書く出発点にもなっている事件です。借金の連帯保証人になったがゆえに、私の実の母親が住む家を失ってしまったという話です。

 

事件が起きたのはバブル景気の末期である1980年代後半から、バブル崩壊後の1990年代前半のことでした。

 

私の母の弟、つまり叔父は関西で花嫁衣装の販売店を営んでいました。ところがバブル景気のころ、不動産投機に手を出しました(後で聞くとオーストラリアのリゾート住宅に投資したそうです)。しかしバブル景気は崩壊。日本は平成大不況に突入します。

 

好景気を前提に、リゾート客需要や転売での利益を予定していた叔父の計画は狂いました。不動産価格は下落し、旅行やリゾート熱も冷め、買い手がつかない。後に残ったのは、バブル時代の高い利子が付いた負債の返済義務だけです。

 

利息の返済のためにまた別の金融機関(ノンバンク)からカネを借りることの繰り返しに陥った叔父は、最後は返済に行き詰まります。

 

私なら、この時点で自己破産を裁判所に申告します。財産はほとんど失いますが、借金の支払い義務は免除されます。そして何より大事なことですが、誰も他者を自分の借金問題に引きずり込みません。私は妻子がいない独身者なので、なおのこと明快です。私一人が自分の失敗の責任を引き受け、誰にも迷惑をかけないのです。

 

ところが叔父は、自分の姉(=私の実母)に借金返済の連帯保証人になってくれと頼んだのです。月々の利息の返済すらできなくなり、資金が底をついた。1ヵ月だけ、利息の返済のためにカネを借りる保証人になってくれないか、と依頼したのです。つまりは、母名義の家の土地を担保にカネを借りたい、という申し込みです。後から聞いた説明では、母の前に現れた叔父は「このままでは破産してしまう」「そうなったら首を吊らなくてはいけない」と涙を浮かべながら訴えたそうです。

 

そして、何をどう思ったのか今でも謎なのですが、私の母はそれに同意してハンコをついたのです。そんなことをする必要はまったくなかったにもかかわらず、です。ただ一つわかっていることは、母は連帯保証人になることの法的義務やその恐ろしさを知らなかった、ということです。

 

そして結局、叔父は数ヵ月後にまた返済に行き詰まり、債務不履行に陥りました。叔父の財産は抵当(借金の担保)に入っていたので、金融機関は私の母の住んでいた家の土地(建物は築30年前後で価値がゼロ)を差し押さえ、競売にかけました。京都・金閣寺門前の至便な場所にあったその土地はすぐに買い手がつきました。

 

母は30年間住んだ家から退去を命じられました。建物は跡形もなく解体され、更地にされました。私の実家があった場所には、今はレストランや土産物店、建売住宅などが建っています。

 

母は住む家を失いました。当時母と同居していた私の妹も住む家を失いました。次に住む家などありません。文字通り路頭に迷ったのです。

 

 

 

烏賀陽 弘道
報道記者・写真家

 

 

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