※本連載は、烏賀陽弘道氏の著書『敷金・職質・保証人―知らないあなたがはめられる 自衛のための「法律リテラシ―」を備えよ』(ワニブックス)より一部を抜粋・再編集したものです。

返済額「月450万円」の連帯保証人に…末路は明白

前回の記事『「ハンコをください」弟の哀願で、姉の自宅が…酷すぎる契約』では、連帯保証人の恐ろしさを知らなかった私の母が、叔父の連帯保証人となった結果、住む家を失うこととなった実話を紹介しました。

 

昭和14年(1939年)生まれの私の母は、職業を持ったことのない専業主婦でした。夫(私の父)は私が幼いころ愛人を作って出奔したため、形だけは夫婦のまま、父が送金してくる月20万円の仕送りで私と妹二人を育てました。

 

母の実家は、京都市では知られた大きな和服商店でした。裕福だった母の父(=私の祖父。私が生まれる前に死去)は母や叔父に市内の土地を残し、母はそこに建てた家で結婚後も暮らしました。私は、小学校から大学卒業まで、そこで育ちました。

 

大変不運なことに、母にはこうした借金の連帯保証人になることの意味を理解できる知識や社会経験がありませんでした。大学を出てすぐ結婚して専業主婦になり、そのまま親の財産である家に住んだため、住宅を借りる契約書を作ったことすら、ありません。どんな恐ろしい結果が待っているのかを予測する知識がなかったのです。

 

すべてが手遅れになってから私が母親から聞いた説明では「本当に1ヵ月だけなのね」としか叔父に確認しなかったそうです。驚愕したのですが、母は叔父の債務の総額を知りませんでした。叔父も母に言いませんでした。母は叔父の「1ヵ月返済をしのぐだけだ」という叔父の言葉を鵜呑みにしたのです。わが母親ながら、どう贔屓目に見ても、正常な判断とは思えません。善意に考えて、自分の眼の前で弟が「借金で破産しそうだ」「首を吊る」「1ヵ月だけカネを貸してくれ」などと涙ぐむのを見て、判断が狂ったとしか考えられないのです。

 

「1ヵ月だけ」という懇願を鵜呑みにし、連帯保証人となってしまった(※写真はイメージです/PIXTA)
「1ヵ月だけ」という懇願を鵜呑みにし、連帯保証人となってしまった(※写真はイメージです/PIXTA)

 

もちろん、そんな話が出たときに母が私に相談してくれていれば、私は全力で止めたでしょう。実印を隠してでも阻止したと思います。しかし、私が事態を知ったのは、実家が銀行に差し押さえられ、すべてが手遅れになった後でした。

 

自分の実家が売られる、母や妹が住む家を失うという知らせに驚愕した私は、あわてて東京から京都に行きました。そして事態の深刻さを理解しました。叔父を探し出し、対面して話を聞きました。なんと、叔父は負債総額は9億円と言いました。バブル景気当時の利息は年6%くらいでしたから、単純計算すると、利息だけで年間5400万円、月450万円を返済せねばなりません。毎年利息だけでマンションが買えます。そんな巨額に膨れ上がった債務を返済することは、個人には逆立ちしても不可能です。

 

それならさっさと自己破産を申告すればよいのに、叔父はそれを嫌がり、たかだか数ヵ月の利息返済をやり過ごすために、母を自分の借金に巻き込んだのです。

 

そして結局、母は自分の住む場所を失った。そして、そんな大きな犠牲を払ったにもかかわらず、母は叔父を救うことができませんでした。いや、正確にいえば、叔父の巨大な負債額を知っていれば、借金返済は不可能であることはわかったはずです。「助けたいのは山々だが、そんなことをしても結果は同じだから」と断ればよかったのです。つまり私の母は、自分の住む家を、自分の意思で無益にドブに捨ててしまったということなのです。これは金銭の貸借、契約、法律などに無知であるがゆえに、自分の身を自分で守れなかった悲劇です。

 

家を失った母と妹は、数年間借家を転々としました。幸い、夫に先立たれて一人暮らしをしていた親戚(母の叔母)が気の毒がり、ご自宅の一室に居候させてくださいました。それで事なきを得たのですが、そういう情に厚く、資産に余裕がある親戚がいなかったら、一体どうなっていたのでしょう。今でもぞっとします。

 

私も叔父と母の転落に巻き込まれていたはずです。息子として、母に仕送りをせねばならず、勤めていた新聞社をやめてフリーになる道も閉ざされていたでしょう。

 

全容を後から知った私の脱力感、怒りや悔しさ、悲しさをここに正確に記すことは、筆力に余ります。

 

そこは自分が小学校から大学まで育った家なのです。幼少期から思春期の思い出が詰まった場所でした。庭の片隅に、サクラの木がありました。進学や進級のシーズンが来るたびに美しい花を咲かせました。そこで撮った記念写真がたくさん残っています。大学受験に失敗して茫然自失していたとき、サクラの花が私を慰めてくれるかのように咲いていた光景は、一生忘れることはないでしょう。

 

そんなサクラも無残に切り倒され、引っこ抜かれました。すべては地上から永遠に消え去りました(余談ですが、私がいま取材している福島第一原発事故の被災者たちが、放射能汚染で家を追われ、思い出に満ちた場所を失うことの悲しみや怒りを、私は理解することができます。こういう個人的な体験があるからです)。

一度きりのハンコで「一生の後悔」を招きかねない現実

この事件の後、親族の間には感情的なヒビが入りました。私にしても、妹二人にしても、思い出に満ちた家が無益に捨てられてしまったのです。なぜ母親を返せもしない借金に巻き込んだのだ。みんな怒りました。叔父は、幼いころは私たちを映画や旅行に連れて行ってくれたり、親切な一面もあったのですが、こんな事態を起こした後ではそうした良い思い出も吹き飛んでしまいます。

 

返済不可能な巨額の借金のために家を捨てるという選択をした母親にも家族の怒りは向きました。叔父に同情的な祖母(母や叔父の母)との間もギクシャクしました。

 

この一件が起きて以後、叔父と会うことは二度とありませんでした。叔父は妻子と離婚し、私と仲が良かった叔母や従姉妹との交流も絶えました。叔父はどこかで警備員をしているらしいと風の便りが教えてくれたのですが、数年前、独り亡くなったという知らせを聞きました。

 

返す返すも悲しいことです。叔父や母、私や妹二人だけではなく、祖母、叔母、従姉妹、それまで仲良く暮らしていた親族の人間関係がすべて瓦解したのです。叔父が破産したとしても、借金に母を巻き込まなかったら、ここまでひどい状態にはならなかったでしょう。それを自分の意思で選んだ母の選択も、愚かとしか言いようがありません。自分の母がかくも愚かな行為をした事実そのものが、悲しく、情けないことでした(なお、現在55歳の私は、79歳になった母に、もはや怒りとかそういう感情を持ちません。時間が経ち、年老いた母親との残り少ない時間を平穏に過ごす方を選んだのです)。

 

私がこの体験から得た教訓はこうです。あなたが連帯保証人になって家族や親族、友人を巻き込んだ場合、彼らがあなたに向ける感情が一変してしまうことがあります。仲良く平穏に暮らしていた家族や親族がバラバラになる可能性があります。それは一生回復不可能のままかもしれません。

 

そのことも念頭に置いて、ハンコをつくかどうか考えてください。つまり「最悪のシナリオ」を考え「もしそれが現実になったら、どうなるか」という想像力を駆使してほしいのです。

 

さて「連帯保証人には絶対になるな」という私の主張に戻ります。もう、おわかりでしょう。ここで述べた悲惨な結末は、すべて私の母親が叔父の借金の連帯保証人になるハンコをついたことが招いたのです。

 

たった一枚の契約書にハンコをついただけで、母や妹は住む家を失い、それまでの土地屋敷持ちから一文無しになり、私や妹は思い出の詰まった家を破壊され、仲の良かった親戚がバラバラになりました。連帯保証人になったというだけで、これだけ多くの回復不可能なものを失うのです。

 

そして、その影響は、その後数十年にわたって続きます。母があのまま持ち家に住んでいれば、年老いても生活資金を心配する必要はなかったでしょう。一人で生活できないほど心身が衰えたときには、家を売って現金に替え、施設に移るなどできた。しかし、母が無一文のまま年老いていくという現実は、今も続いています。息子としては不安がないはずはありません。こんなふうに、何十年も無関係の周囲を巻き込み続けるのです。「注意一秒、ケガ一生」(一秒で済む注意を怠ると、一生後悔するケガをする)になぞらえて言えば「ハンコ一秒、後悔一生」です。

 

こうした「契約にハンコをつく」ことから発生する法的義務をよく知らないのに、ハンコをついてしまうという人が意外に多いようです。危険極まりないのに、その危険に気づかないのですから、これこそ「落とし穴」です。

 

 

 

 

烏賀陽 弘道
報道記者・写真家

敷金・職質・保証人―知らないあなたがはめられる―自衛のための「法律リテラシ―」を備えよ

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烏賀陽 弘道

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