「家」をあきらめてみる
人生であきらめにくいハードル、2つ目は「家」です。
おそらく多くの大人に「人生で一番高い買い物は?」と聞いたら「家」と答えるんじゃないですかね。都心のタワマンとか郊外の新築一戸建てとか、「家」というものに価値を見出して、夢を描く人はどうやらたくさんいるようです。実際、結婚して、子どもが生まれて、マイホームを買って、あとはローンを返すために残りの人生働く、みたいな人も結構いるでしょう。
もちろんどうしても住みたい家があるなら、30年でも35年でもローンを組んで労働をすればいい話です。ただ、この連載は基本そんな重圧には耐えられない人向けなので、「家」に対する価値観の問題から見つめてみましょう。
そもそもですが、あなたは「家」をどのように定義しているでしょうか? ちなみに、僕にとって「家」とは寝る場所です。単なる生活スペースです。だから寝るのに必要なスペースが1畳あれば、あとはボロかろうが僕の場合充分。つまり、1畳とまで言わなくても、もしあなたの「家」の定義が「ただ寝て起きてを繰り返すための場所」であれば、広くて豪華な家って別にいらないわけです。
じゃあ、なんで多くの人がいい家に住みたがるのかといえば、たとえば好きな女の子を連れてくるときに恥ずかしいからとか、なんとなく一等地のオートロックマンションを借りたいとか、親に心配されるとか、ボロい家に住める気がしないとか、そんな見栄に基づいた心理的欲求が細かくあるからでしょう。
試しに家賃3万円の家に住んでみる
僕の提案としては、まず最低な家からスタートすることです。
よく家探しは「ここだけは譲ゆずれない」部分を軸に探すといいと言われますが、そもそも「ここだけは譲れない」っていうのはいままで一度も譲ったことがない人の意見じゃないですか。
だから、まずは実験してみるんです。「自分はどこまで譲れるのか」。これから実家を出てみようという人は、まずは家賃3万円の家に住んでみて、自分の中の許せなかった部分と妥協できた部分をリスト化する。そのうえで許せなかった部分を解消できる部屋を、家賃を少しだけ上乗せして探すといいと思います。
「これだけは外せない」っていう思い込みを一回なくしてみると、案外どこでも生きていけるな、というタフな精神を鍛きたえられるかもしれません。
「自分はどこが譲れないのか」ではなく、「自分はどこまで譲って生きていけるのか」を軸に考えると、あらゆることの許容範囲が広がるのでコストも低くなるし、お得ですよ。