今回は、相続税の節税対策の基本となる「生前贈与」についてお伝えします。 ※本連載は、税理士・上条佳生留氏の著書、『院長先生の相続・事業承継・M&A 決定版』(きんざい)の中から一部を抜粋し、医療関係者の相続・事業承継の問題解決について、具体的な事例をもとに分かりやすく説明していきます。

各種の特例もうまく活用して効果的な相続対策を実現

「リタイアして5年、今年で75歳だ。本格的に相続税対策をしなければいけないんだが、もっと早くからしておけばよかったと後悔しているよ」


院長 「リタイアしてから豪華客船で世界一周とか旅している間に、少し考えてくれればよかったのに」


「いやいや、本当にすまない。どうも自分が亡くなることを計画するのは、気が進まなくて、ついいままで先延ばしにしていたんだ」


院長 「う~ん、正直にいうといまからじゃ遅いんじゃない? いまは父さんも元気だけど、人間がいつ死ぬかなんてだれもわからないじゃないか。なんでもっと早く始めてくれなかったんだ。さとし(院長の子)は来年大学受験だよ。りさ(院長の子)は私立中学に通っているから、うちはこれからお金がかかるんだ。もし、いま多額の相続税を払うことになったら、その税金をどうしたらいいんだよ」


「なんとか短期間にできる相続税対策はないものかなあ。財産を減らせばいいんだから、また母さんと豪華客船の世界一周に出るしかないか」


院長 「まだそういうことをいっているよ。あきれたね。税理士に相談してよ。何か贈与税も払わずに財産を移す方法があるんじゃないの?」

 

 

生前贈与は相続税の節税対策の最も基本となるものです。贈与税の仕組みや各種の特例を活用して贈与すれば、相続対策として高い効果が得られます。


以下、生前贈与を活用するポイントをご説明します。これらをうまく活用すれば、財産を次の世代にかしこく移す(相続税の対象財産を減らす)ことができます。

相続税より少なく、多くの人に、早く、長く・・・

1、贈与税が相続税を上回らないように
相続税と贈与税は、累進税率で課税が行われます。たとえば予想される相続税率が30%だったとします。このケースで310万円の贈与をすると、310万円×30%=93万円の相続税が減少します。この場合の贈与税は(310万円-110万円(基礎控除額))×10%=20万円です。差額の73万円(93万円-20万円)は生前贈与による節税効果となります。


このように相続税と贈与税の税率の差を利用して、贈与税額が相続税額を上回らない範囲内で、年間贈与額を決めることが一つ目のポイントとなります。

 

2、できるだけ多くの人に贈与する

1,000万円を直系卑属の1人に贈与すると、(1,000万円-110万円)×30%-90万円=177万円の贈与税が課税されます。一方、1,000万円を5人に均等に贈与したらどうなるでしょう。一人当りの贈与額は200万円となり、贈与税額は5人合計で(200万円-110万円)×10%×5人=45万円となります。このように、同じ1,000万円を贈与する場合、子や孫、もしくは子の配偶者など、多くの人に贈与したほうが、節税効果が高いことがわかります。


なお、平成25年度の税制改正によって、20歳以上の子や孫が平成27年1月1日以降、父母・祖父母などの直系尊属から贈与を受けた場合は、一般の贈与に比べ、緩和された税率が適用できる特例ができました。


孫への贈与は、子への相続を飛び越すことから、相続税の負担を1回パスすることができます。したがって贈与するのは配偶者よりも子、子よりも孫のほうが効果的といえるでしょう。

 

3、早い時期から長く贈与する

下記の図表1からわかるように、生前贈与は「少額」ずつ行い、できるだけ「多くの人」に贈与し、かつ、「長期間」にわたって続けることがポイントです。ただし、相続人または受遺者(遺贈により財産を取得した人)が相続開始前3年以内に、被相続人から贈与された財産については、相続財産に加えられて相続税が計算されますので注意が必要です。

 

【図表1 孫6人と長男の妻に5年間生前贈与した場合の相続税額の節税効果】


また名義預金と認定されないように、贈与契約書(図表2)を作成するなど、贈与事実を証明することも忘れないようにしましょう。


【図表2 贈与契約書見本】

 

4、生前贈与の非課税の特例


⑴ 贈与税の配偶者控除
婚姻期間が20年以上の夫婦間で、居住用不動産または居住用不動産を取得するための資金が贈与された場合は、基礎控除110万円のほかに最高2000万円まで非課税になる特例があります。

 

⑵ 教育資金の一括贈与の非課税
子や孫の教育費を父母や祖父母が負担することも「贈与」に該当しますが、通常必要なもので、必要なつど贈与したものであれば贈与税は課税されません。この原則とは別に、直系尊属から、30歳未満の子・孫・ひ孫へ教育費を贈与した場合、受贈者一人につき1,500万円(習い事の費用などは500万円)まで、贈与税が非課税となる特例があります。


平成25年4月1日から平成31年3月31日まで拠出されたものであることといった期限付きですが、対象となる子や孫の数によっては一挙に相続財産を減らせるメリットがあり、子や孫と良好な関係を築くうえでも意義のある制度といえます。


その後、受贈者が30歳に達した時点で、残額がある場合には、その時において贈与があったとされ、贈与税が課されるので注意してください。


⑶ 直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合の非課税
平成27年1月1日から平成31年6月30日までの間に直系尊属から住宅取得等資金の贈与を受けた場合には、一定の要件を満たせば、通常の基礎控除額110万円に加えて、300万円から最大で3,000万円まで贈与税が非課税となります。同様に、住宅取得等資金に係る相続時精算課税制度の特例についても、適用期限が平成31年6月30日までとなります。


⑷ 結婚・子育て資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置
平成27年度税制改正では新たに、結婚・子育て資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置が創設されました。これは、結婚、子育て資金の支払いに充てるために、直系尊属が金銭等を金融機関等に信託等した場合、受贈者1人につき1,000万円(結婚費用は300万円)が非課税になる制度です。平成27年4月1日から平成31年3月31日までの間に拠出されるものが対象となります。

 

子や孫が50歳に達した際に使い残しがあれば贈与税が課税され、また、終了前に贈与者が死亡した際に使い残しがあれば贈与者の相続財産に加算されますので注意してください。

本連載は、2015年9月2日刊行の書籍『院長先生の相続・事業承継・M&A決定版』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

院長先生の 相続・事業承継・M&A 決定版

院長先生の 相続・事業承継・M&A 決定版

上條 佳生留・税理士法人ブレインパートナー

きんざい

本書は、医業関係者の相続・事業承継・M&Aについて、医業に特化した会計事務所が、具体的な事例をもとに、解決方法をわかりやすくアドバイス。 「クリニックの土地の名義が父のままだと、相続手続でトラブルになるのですか?」…

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