「元ヤンキーだったのに東大に入った」「お笑い芸人なのに東大に入った」…このような珍しい話に惹かれる人は少なくないでしょう。中には、その成功体験を自分自身で再現するために詳しく知りたがる人もいるはずです。しかし、これらの話は一体どこまで参考になるのでしょうか? ※本連載は、公益社団法人子どもの発達科学研究所・主席研究員の和久田学氏の著書『科学的に考える子育て エビデンスに基づく10の真実』(緑書房)より一部を抜粋・再編集したものです。

「レアなケース」こそ経験談・経験則が有効

しかし、ケーススタディーやケースシリーズが力を発揮するときがあります。研究の世界では、「レアな事象が起きたとき、まずケーススタディーを積み重ねることが必要」とされています。

 

例を挙げましょう。ある日、未開の地で危険な病気が発見されたとします。感染力が強く、あっという間に人が死んでしまう未知の病です。このまま放っておくと人類の危機、何とかしてその病気のメカニズムを解明し、治療方法を確立しなければなりません。そのためには研究が必要ですが、何しろ情報が少なくて難しいです。それに未開の地で発見されたばかりの病気で、研究しようにも、その地まで行くことすら困難なのです。しかも感染力が強いときていますから、その病気になった人に近づくことさえままなりません。

 

こうしたとき重要なのが、ケーススタディーです。この状況下で、その未知の病をたまたま診察した医師が、貴重な経験をできる限り客観的に記録したもの(すなわちケーススタディー)があったとしたら…。この場合は、ひとつのケースでも非常に貴重です。さらにその医師が、複数の患者のレポートを書いていたとしたらどうでしょうか。つまりケースシリーズですが、そういうものがあればさらなる情報を得られることでしょう。

 

ケーススタディーとケースシリーズを積み重ねていくことにより、その未知の病の全貌が明らかになっていきます。そして、それはより精度の高いエビデンスを提供することになります。

 

実際に、こうした例はたくさんあります。身近なところですと、いわゆる発達障がいについての研究もそのようにして始まりました。実際にはもっと以前から研究されていたのですが、発達障がいの概念がわが国に広まったころ、多くの研究者や実践家がケーススタディー、ケースシリーズの報告を行いました。事例をたくさん挙げた本が書店に並んでいたのを覚えている人もいるかもしれません。

 

ところが、時間が経過して発達障がいが広く知られるようになり、支援方法も一般化されていくと、こうしたケーススタディーやケースシリーズの需要が減り、代わりにより高いレベルのエビデンスが求められるようになります。もっと大規模な研究を行い、信頼性の高い情報が必要になってくるのです。

 

そう考えると、経験談や経験則が必要とされるときや、力を発揮する場面が明確になってきたのではないかと思うのです。それは、レアな経験がある人の場合です。オリンピック選手になった人の話は聞いてみたいですよね? 歩いて日本一周をした人の話もおもしろそうです。もちろん個人の興味にもよるのですが、通常ならできそうもないことを成し遂げた人の話は、実際に多くの人たちの興味を引きます。なぜならその人の経験談、経験則はその人にしか語れないからです。

 

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科学的に考える子育て エビデンスに基づく10の真実

科学的に考える子育て エビデンスに基づく10の真実

和久田 学

緑書房

これまで語られてきた「子育ての常識」は本当に正しいのか? 経験則で語られることの多い子育てについて、科学的根拠(エビデンス)に基づき理論的に解説。子育てや教育現場で実際に役立つ考え方、子どもとの向き合い方を紹…

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