誰しも、わが子や後輩、他人に対し「自分のときはこうだった」と経験則・経験談を語ったことはあるでしょう。リアルな体験に基づく話だからこそおもしろく、強い説得力を持っています。しかし実は経験談・経験則を無暗に一般化し、自分や他人にあてはめることは想像以上に危険なのです。経験則・経験談の危うさ、話すときの注意点を解説。※本連載は、公益社団法人子どもの発達科学研究所・主席研究員の和久田学氏の著書『科学的に考える子育て エビデンスに基づく10の真実』(緑書房)より一部を抜粋・再編集したものです。

経験則・経験談の「鵜呑み」が危険なワケ

前回の記事『危険な成功談…「元劣等生が東大に合格した方法」の落とし穴』では、科学的に見て、経験談や経験則の信頼度は低いものであると解説しました(関連記事参照)。経験談や経験則はおもしろいのですが、そこから勝手に因果関係を見いだしたり、自分や他人にもあてはまると思い込んでしまったりするのは危険です。

 

では、これまでの話から、ここで経験談、経験則の強みと弱みをまとめておきましょう。

 

<経験則の強み>

●語る人に付随した価値がある

●感覚・感情に訴えかける臨場感、(語る人の主観ではあるが)ディテールまで説明できる

 

<経験則の弱み>

●ケーススタディーであり、その中で得られる因果関係は証明できない(偏っている可能性が高い)

●語る人の特性(IQ、環境、得意・不得意など。これらは隠れている場合がある)が大きく影響している可能性がある

 

これを前提に、子育ての世界での経験則について考えてみると、かなり整理されていくように思います。まず「お母さんが子どものころはね…」問題ですが、これは参考になるときと、そうでないときがあるのがわかりますね(関連記事『子育ての決まり文句「お母さんが子どものころは…」の危うさ』参照)。

 

メリットとしては、感覚、感情に訴えかける臨場感があること、ディテールが明確で具体的なことが挙げられます。親の場合は何しろ遺伝というものがありますから、(世代の差はあるものの)ある程度の類似性もあるはず。親にできることは自分にもできるかもしれない、もしくは自分にできたことは子どもにもできるに違いないと思うのは、そのせいだとも言えます。

 

しかし、時代が決定的に違います。親が子どもだったころはこれほどインターネットが普及していたでしょうか。子どもがネット上で動画を見ることもなければ、ユーチューバーになりたいなどという夢を語っていなかったはずです。

 

また、昔は今よりずっと集団を重視しました。「他人に迷惑をかけないこと」が個人の気持ちよりも重視され、集団のためなら我慢すべきとの価値観だったように思います。

 

この「時代」というファクターがある限り、経験談やそこから見いだされた経験則をそのまま今に当てはめることは難しくなるでしょう。それから、経験談や経験則で語られる因果関係が正しいと言えない場合が多いことにも注意を払う必要があります。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

もちろん単なる経験を言うだけならかまいません。「お母さんは、毎日、宿題をきちんとやったのよ」とか「お父さんは中学時代、友達にけんかで負けたことがなかった」など…。もちろん、それが事実かどうかは証明しようがないはずですから、子どものほうは「お母さん(お父さん)、話を盛ってるな〜」なんて思いつつ、話半分に聞いておけば良いでしょう。ただし、これが因果関係にまで及び出したら危険です。

 

「毎日、宿題をきちんとやったから、A高校に合格した」とか、「けんかで負けたことがなかったから、社長になれた」などというケースです。このように高校進学や職業を、ひとつのこと(宿題を毎日やった/けんかに負けなかった)と関連づけるには相当の無理がありますから、話半分どころかほとんど詐欺レベルだと言っても良いくらいです。もっとも、こうした言説の裏には「毎日宿題をきちんとやる子どもにしたい」「けんかに負けない強い子どもに育てたい」という親心があるので、そこはきちんと受け取るべきなのですが。

 

では、教師の「先生が中学生だったころは…」話はどうでしょうか。これも基本的に親の話と大差ありません。その先生の人柄や実力によっては、信じたくなるときもあればまったく信じられない(信じたくない)と思うことがあるでしょうが、大切なのはその先生個人にかかわる因子の影響が強く出るはずだ、という客観的事実です。その先生のIQ、生まれつきの才能、スキル、家庭環境、友人環境などがその因子ですが、親のときと同じく時代の影響だって考えられます。子どもにとっては、親と違って遺伝的には先生とまったく関連がありませんから、そのあたりの違いを十分に考慮しなければなりません。

 

単なる教訓として受け取るならば良いですが、その教師が語る経験則そのままに「OOをすればXXになるはずだ」などと盲信するのは危険です。この場合も、そう語りたくなる先生の気持ちだけを受け取り、その経験談や経験則を信じ込みすぎないようにしましょう。

 

では、ブログや書籍などで注目を集める「元ヤンキーが東大に受かった勉強法」のようなものはどうでしょうか? 結論から言うと、これも怪しいものです。レアなケースだけに注目を浴びますが、それを一般化するのはどうかと思います(関連記事『危険な成功談…「元劣等生が東大に合格した方法」の落とし穴』参照)。あくまでも参考例として扱うのなら良いのでしょうが…。

「個人のケース」「個人的考え」という前提が肝心

このように、経験談や経験則の問題がはっきりしてきましたが、それでもこれらが魅力的であるのは事実です。何しろリアルな経験ですから、説得力が違います。私たち自身が、親や教師、コーチなど子どもを導く立場(子どもだけでなく大人が対象でも同じようなことはあります)だったとき、経験談や経験則について、その問題点を把握しつつ上手に使うことが肝心です。

 

親の場合なら、「お父さんの“時代”は~だった」というように、時代ファクターを考慮に入れるように促した上で話しましょう。教師やコーチなら、あくまでも「個人のケース」だったり、その経験から得た「個人的考え」であることを強調すべきです。「いじめられたとき」や「落ち込んだとき」など、困ったときに対するアドバイスはさらに注意が必要で、経験談を振りかざして「いじめくらい我慢すればいい」のようなことを言ってしまうと、子どもをさらに追い詰めかねません。

 

大人は子ども時代を生き延びてきたがゆえに、どうしても「そのくらい平気」「耐えれば良い」のようなことを言いがちですが、そこにはそれを語る人の個人因子が絡んできます。ピンチの子どもには、とにかく助けることを重視し、下手な経験則を披露しないほうが良いように思います。

 

いずれにしても、経験談や経験則を使うときは、大人の側が十分に注意する必要があります。そうしたリスクを回避した上で、経験談、経験則の持つ臨場感や具体性を生かしましょう。

わらにすがる思いでも…「経験談ブログ」の妄信は危険

経験談や経験則について、最後にもうひとつ注意喚起をしておきたいと思います。

 

発達障がいのお子さんを持つ親御さん、不登校になった子どもの親御さん、もしくは当事者である子ども自身が、ブログなどの形で、その経験談をインターネット上に披露しているケースが多々見受けられます。

 

日常を淡々と記録する人もいれば、わが子の行動に発達障がいを疑い、医療機関に行って告知を受けるまでの流れ、支援を受ける日々のこと、学校や行政とのやりとりなど、赤裸々に記録しつつ、そのときの思いやつらさ、または日々感じるささやかな幸せなどが書かれている場合もあります。

 

こうしたリアルな経験談は、発達障がいや不登校の子どもを持つ保護者にとって重要な情報源だと思います。そうした経験談を必死になって読み、その人たちの意見に影響を受けるのですが、それが時として危ういことを知っておいてほしいのです。

 

ここまで読んでくださっている方は誤解しないと思いますが、こういう経験談を否定しているわけではありません。発達障がいや不登校の子どもの親の経験談は、ブログにあるような細かなところまでは詳しく聞くことができないので、十分にレアであり、情報の価値があるのは事実です。しかし経験談はケーススタディーに過ぎないため、それを一般化して自分のケースに当てはめるのは危険が伴います。そこに注意しなければなりません。

 

もちろん、危険を伴うという前提でも情報が欲しいのは事実です。だとしたら、どうすべきか…。そういうときこそ、科学の出番です。

 

ケーススタディーが「科学的根拠(エビデンス)がある」と言いにくいことは、前回の記事で説明しました(関連記事参照)。「科学的根拠(エビデンス)がある」と言うためには、偏りなく情報を収集し、科学的事実や因果関係を明らかにしなければなりません。

 

「科学的根拠がある」ということは、偏りがなく、再現性が高いことを意味します。前に紹介したシステマティックレビューまでいかなくても、ケーススタディーやケースシリーズよりエビデンスレベルが高い情報はたくさんあります。こうした情報を十分に利用すべきです。

 

では、エビデンスレベルの高い情報はどこにあるのでしょうか? 残念ながら日本ではそれほど多くないのですが、それでも国の研究所、大学、大学附属の研究センターなどでは、質の高い情報が紹介されています。もちろん大学の先生や医師など専門家と呼ばれる人々は、そうした情報を持っている可能性が高いです。

 

ですので、エビデンスレベルの高い情報を得た上で、さまざまな経験談や経験則にふれることをお勧めします。

 

書籍の詳細はこちら!
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和久田 学

公益社団法人子どもの発達科学研究所 主席研究員

大阪大学大学院連合小児発達科学研究科 特任講師

 

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