同じ「エビデンス」でも、「信頼度」の格付けがある
前回の記事『子育ての決まり文句「お母さんが子どものころは…」の危うさ』では、経験則や経験談を無暗にむやみに一般化し、自分にも当てはまると考えることは相当危険であることを解説しました(関連記事参照)。
じつは研究の世界でも、経験談や経験則のようなものが存在します。簡単に説明してみたいと思いますが、その前に研究の手法には「科学的根拠(エビデンス)に関するランク」があることをご存じでしょうか。代表的な研究手法を、科学的根拠(エビデンス)レベルが高い順に挙げてみます(【図表】参照)。細かく言うともっとさまざまなものがありますが、ここでは単純化して紹介しましょう。最もエビデンスが高い(科学的事実として間違いがない)とされるのが、「システマティックレビュー」です。これは、ある分野で行われた科学的研究をごっそり集めてきて、それをさらに分析するという手法です。
経験談、経験則のエビデンスレベルは低い
仮に喫煙とがんの関係を調べたいとしましょう(すでに証明済ですが)。そのときシステマティックレビューでは、研究者自身が新たに何らかの調査を行うことはなく、すでに発表されている研究論文を集めるのです。何しろがんの研究は世界中でなされています。喫煙とがんの関係を調べた研究だって、世の中にはたくさん存在しているのです。中には年齢別に調べたもの、人種や性別による差を検討したものなど、いろいろあります。
システマティックレビューでは、そうした研究論文を世界中から集めてきて、さらにそれらを分析していきます。そうしたたくさんの研究結果を概観して、結局何がわかったのかを総括します。
この研究手法を頂点に、さまざまなエビデンスレベルの研究が存在します。研究と言いつつ、単に個人の意見を表明しただけのものもあれば、非常に偏ったデータしか提示できていないものがあるのです。この辺の見きわめは、研究者であるならば必ずできるようにならなければなりません。
さて、研究手法の中に「ケースシリーズ」「ケーススタディー」というものがあります。スタディー=研究なので、これらを直訳するとケーススタディーは「事例研究」、ケースシリーズは「事例群研究」となりますが、これらこそがここで話題にしている経験談と経験則なのです。
ケーススタディーとは、ひとつの事例を詳しく取り上げるもの。「Aさんががんになりました。その発見から治療までの流れを取り上げましょう」という感じです。ケースシリーズは、そうした事例を複数集めたもので、「B病院を受診したがん患者15人について調べてみたところ、xxといった傾向が見いだされました」といった研究がこれにあたります。
ケーススタディーは研究者による経験談であり、ケースシリーズは研究者が複数の経験から見いだした経験則を提示したものということになるでしょう。さて、ケーススタディーとケースシリーズのエビデンスレベルですが、どう思いますか? 科学的根拠(エビデンス)があるとして良いでしょうか? もちろん、そんなわけにはいきません。何しろひとつや2つ程度のケースでは、それ固有の影響が大きいものです。
喫煙によってがんのリスクが高まることは、誰でも知っていますよね? でも、喫煙者全員ががんになるわけではありません。かなりのヘビースモーカーであるにもかかわらず、健康で長生きをする人も出てきます。長生きをしたあるおじいさんが、「わしの長寿の秘訣はタバコだ。タバコをやめてストレスにさらされるより、好きなだけ吸って楽しく生きたほうがいいに決まってる」と言ったとして、その意見をあなたは採用しますか?
たぶんそのおじいさんは、喫煙の悪い影響を受けにくい特別な体質だったか、ものすごくラッキーだったか、のどちらかです。この例は極端かもしれませんが、ケーススタディーの場合、こうした偏ったケースが混じる可能性がつきものなのです。つまり、ひとつの事例以上でも以下でもないということになります。だから研究においては、ケーススタディー、ケースシリーズともにエビデンスレベルは低いとされるわけです。参考になる場合も多いのですが、注意が必要と考えるべきでしょう。