夜更かしを容認し、「失敗の責任をとること」を教えた
紗良は赤ちゃんの頃から眠るのが大好きな子でした。夜泣きやオッパイをあげるために、私が眠りを妨げられたことはありませんでした。夜10時に眠りにつくと朝4時まですやすや。ナイジェリアやニューヨークなど夫の赴任先でも、「寝る時間よ」と言えば、すぐにベッドに入って、毎晩夜8時から朝7時までぐっすり。驚くべき睡眠力でした。
異変が起こったのは、東京に戻って、アメリカン・スクールに通っていた5年生のときのこと。当時、紗良はテレビのトレンディードラマに夢中でした。私も、日本語の勉強になると思って容認していたのですが、困った問題がひとつありました。というのは、番組が始まるのはたいてい夜の9時で、しかも紗良には、就寝前に本を区切りのよいところまで読んでから寝る習慣があったのです。10歳の紗良の心には、母親に言われるのではなく、自分で寝る時間を決めたいという気持ちが芽生え始めていました。
ある夜、紗良は初めて私に言いました。
「ねえ、ママ、もう寝なくちゃいけない?」
「そうよ。だって、明日も学校があるじゃない」
「私はなぜ、大人みたいに遅くまで起きて、自分の寝たい時間に寝てはいけないの?」
「それはあなたがまだ子どもだからよ。あなたは9~10時間の睡眠が必要なの。それに、遅くまで起きていたら、朝、学校に行く時間に起きられないでしょ」
「そんなことないよ。私、大丈夫だから。朝、ママが起こしてくれたら、ベッドから飛び起きるから」
私の脳裏に、一瞬「寝る時間だと言ったら寝なさい。ママが言っているんだから!」という言葉がよぎりました。しかし、私は自分と約束をしていました。こういう場合はじっとガマンして、命令じみたことは絶対に言うまい、紗良自身に問題を解決させようと。とはいえ、夜も更けて疲れ切っていた私は、喉元まで「いいから、寝なさい!」という言葉が出かかっていました。私は、ひと息大きく深呼吸をして、言いました。
「いいわ。あなたのしたいようにしなさい。でもね、もし明日の朝、あなたが起きられず学校に遅れたとしても、ママは説明の手紙をマーフィー先生に書いてあげないからね。あなたが自分で先生に説明しなさいね」
私は、自分で自分の言ったことに驚きました。
「分かったわ、ママ。じゃあ、朝、ちゃんと起こしてね。約束よ」
「約束するわ。でもね、いつもと同じように起こすから。揺すったりはしないから」
「そんなことしなくても大丈夫よ。私、ちゃんと起きられるから」
紗良は大喜び。その晩、トレンディードラマを1本見て、読みたいだけ本を読み、夜更かしを満喫しました。彼女が寝床についたのは、私がおやすみなさいを言ってから数時間も経った深夜の2時。寝たふりをしていた私は、ちゃんと知っていました。
翌朝、6時半。約束した通り、紗良を起こしに行きました。
「紗良…」。返事がありません。
「紗良、起きる時間よ」。また、返事がありません。
「紗良、学校に遅れるわよ」。私はそのまま寝かせておきました。
紗良がようやく起きてきたのは、午後3時でした。
「私を起こしてくれた?」
「3回も起こしてあげたわよ。もう学校は終わってるわね」
「……」
「朝ご飯、食べる?」
紗良は、朝ご飯を午後3時に食べました。
その夜、私が「寝る時間よ」と声をかけると、紗良はすぐに寝床につきました。夜更かしのお願いも文句もこぼさず、いつもと同じように「おやすみなさい。ママ、大好きよ」と言って。
翌日、きのうの欠席理由をマーフィー先生に自分で説明しなければならなかったのは、言うまでもありません。それが、私との約束だったから。
「ねえ、どうしても寝なくちゃいけないの?」
このときを境に、紗良は二度とこの質問をしなくなりました。
薄井 シンシア
大手飲料メーカーにて東京2020オリンピックホスピタリティの仕事に従事