偏差値52からスタートし見事京都大学に合格した農業研究者・篠原信氏は、水耕栽培の分野にて続々と新規技術を開発している。同氏は書籍『ひらめかない人のためのイノベーションの技法』(実務教育出版)にて、「センスがなくても創造的な仕事を生み出すことは可能である」と断言しているが、その根拠は何だろうか? 本連載でひも解いていこう。

産業自体を一新した事例も…「どうせなら」革命の数々

他にも女性が革命を起こした「どうせなら」がある──死に化粧だ。霊安室に置かれた遺体に化粧を施すのは、当番の看護師の仕事だった。

 

しかし、「どうせ」死んでいるのだからと、用意されていた化粧品は残りかすのファンデーション、折れた口紅など、捨てられる前のものばかり。ある看護師が、「これではあまりにも亡くなった方、ご遺族の方々がかわいそう」と一念発起し、死んだ人の肌に合う化粧品を研究し始めた。

 

その成果はやがて現れ、生前の元気な頃の顔に整復された故人を見て、遺族の方が泣いて喜ぶようになった。この技術は「エンゼルメイク」と呼ばれ、全国から研修生を集める人気の技術になった。

 

さらにもう一つの事例、養生テープ(マスキングテープ)を紹介しよう。これは、望ましくない箇所に塗装が付着しないように貼る保護用の粘着テープで、「どうせ」はがして捨ててしまうものだ。

 

この養生テープに、ある雑貨屋の女性が着目した。「しっかりくっつくのに、はがすときに紙袋を破かずに済む」という特性があることに気がついた。課題は、野暮ったい色のものしか品揃えがないこと。

 

「もっとキレイな、かわいい色や柄のテープを作ってもらえないか」と、いくつかのメーカーを訪ねたところ、いったんは「何をバカな、はがして捨てるだけのテープに柄なんて」と断ったあるメーカーが、試しに作ってみた。それが今では「マステ」と呼ばれる人気商品となり、雑貨店ではなくてはならないラインナップとなった。

 

「どうせ」あとではがして捨てるだけのテープだけど、「どうせなら」かわいくてキレイな柄のテープにすることで、プレゼント包装や壁紙などにも応用できる商品に生まれ変わらせた画期的な事例だ。

 

イラスト:植田たてり
女性ならではの「どうせなら」革命で生まれたもの イラスト:吉村堂

 

こうした事例を2009年当時のオンラインニュースサイトで紹介したところ反響が大きく、後に農林水産省が始めた「農業女子プロジェクト」へとつながり、記事で提案した「かわいい軽トラ」「圃場(ほじょう)でも快適な女子トイレ」などの開発に結びついた。

 

「どうせ」汚れた荷物を載せるだけと思われていた軽トラ、「どうせ」用を足すだけだと思われていた簡易トイレを、「どうせなら」の発想で生まれ変わらせることで、女性が農業に憧れを持って取り組める環境が生まれ始めている。

 

まだまだ、「どうせなら」革命を起こせる商品は数多くあるはずだ。灰色と黒しかない塩ビ管をカラフルにするのもよいだろう。「どうせ」と思われている商品を、「どうせなら」デザイン性の高い、魅せるものに変えてみてはどうだろう。それだけで産業が生まれ変わる可能性がある。

 

<ポイント>

「どうせ」と見下されている商品、サービスこそ、「どうせなら」心を込めて磨き上げると、魅力のある商品に生まれ変わる可能性がある。

 

 

篠原 信

農業研究者

ひらめかない人のためのイノベーションの技法

ひらめかない人のためのイノベーションの技法

著者:篠原 信

カバーイラスト:植田 たてり

本文イラスト:吉村堂

実務教育出版

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