「家のために夢捨てた」長男の言い分は理解するけど…
「またまた急な連絡で、お時間いただいてすみません」頭を下げる源太郎に由井は穏やかに微笑んだ。「全然かまいません。むしろ何かあった時にすぐ連絡いただける方が私も対応しやすいですから」
「自宅なのですが、長男の一太郎もやはり実家を相続したいと強く望んでいるようで」美千子が説明する。「難しい問題ですね」由井がうなずく。
「実はこういった問題は、文化として残っている『長子相続』と民法が矛盾しているために起きるものなのです。一太郎さんが地元の信用金庫を選んだのもそういった縛りの名残と言えます。その昔、家は長子、つまり長男が継ぐのが当たり前で、他の弟や姉妹は相続を放棄しました。そうすることで家や農地、事業用の地所や設備などを承継することができたのです。その反面、一家の財産を一人で相続する長男には家を守る義務が課せられました。住む場所や職業を選ぶ際にも縛りがありましたし、他にも老親の介護やお墓の管理、法要、親戚付き合いなどもすべて長男の責務でした。権利と義務を表裏一体で引き受けるため公平感があったのです」
「なるほど」
「ところが戦後、民放が改正され、これらの義務はなくなってしまいました。法定相続を見てわかる通り、兄弟姉妹の権利はあくまで平等とされたのです。にもかかわらず文化としてはいまだに『長男だから』と一定の義務を求めるところがあります。この矛盾によりトラブルが起きるのです」
◆「平等」と「公平」は異なる
「先ほどから、先生の話を聞いていて、気づいたのですが、『平等』と『公平』を使い分けていますよね?」ふと、源太郎は訊ねた。「ええ、まさにその通り。民法では『平等』を重視していますが、私は相続では『公平』を重視するべきだと思っています」
「どう違うのでしょう?」
「平等というのは簡単に言えば、均等に分けることです。3000万円の資産なら兄弟姉妹3人で1000万円ずつ分けるのが平等ですね。でも実際には相続人それぞれの事情は違うはずです。両親の事業を手伝っている人もいれば、逆に留学費用など大きなお金を出してもらっている人もいます。それなのにみんな等しく1000万円では納得できませんよね? まさに悪平等です。納得できるように分けるには、そういった事情に合わせて相続額を変えて『公平』にする必要があるのです」
「なるほど」源太郎がうなずく。「長子相続は権利に対する義務もあって、バランスがとれているから、公平な相続として納得しやすいものだったのですね」