「病態悪化の原因は抗うつ剤」と判明
雪絵さんは確かに、一見、抑うつ的でした。しかし、初診なので、彼女の症状が病気によるものか、向精神薬(抗うつ剤や抗不安剤)の副作用によるものなのかよくわかりません。そこで両親や本人からよくよく話を聞いてみると、どうも向精神薬を飲み始めてからおかしくなったことがわかりました。
そこで、身体的な診察や検査を行いました。やせており、BMI(Body Mass Index:身長と体重から体格を算出する指標。18.5〜25が標準体重、18.5未満はやせ、25以上は肥満)は17でした。
血圧はたいへん低く、臥位(横になった状態)で80/60mmHg、立位(立った状態)では測定不能でした。心臓の機能を示す心係数は、臥位で2.1L/min/m2と低下していました。立位では測定不能でした。
心臓は全身に血液を送るポンプです。心臓が1分間に全身へ送り出す血液量を心拍出量といいます。体格は一人一人みな異なりますので、それを標準化するために、心拍出量を体表面積で割った値が心係数です。体表面積は、身長と体重の関数です(デュポア式=身長0.725×体重0.425×0.007184)。健康な人の心係数は、臥位でも立位でも3.2〜3.4L/min/m2です。
甲状腺機能は正常で、貧血もありません。肝臓、腎臓など、臓器は正常でした。しかし、空腹時血糖は70mg/dl、ヘモグロビンA1c(HbA1c)は、4.6%と低下していました。
早速、FreeStyle リブレpro※を付けてもらいました。結果は、終日、低血糖反応が見られました。彼女を悩ませていた頭痛や月経前症候群も、低血圧・低血糖のために起きていた症状でした。雪絵さんには低血圧・低血糖があり、そのためにSDSで高得点になったのでした。
※FreeStyle リブレpro:日常生活のなかで血糖値を詳しく観察できる、500円玉程度の小さな測定器(本書『「血糖値スパイク」が万病をつくる!』37ページに詳述)。
「あなたの今の状況は、病気のせいなのかクスリのせいなのか、よくわかりません。しかし、明らかにクスリを始めてから悪くなったようなので、少しずつクスリを減らしていきましょう。低血圧・低血糖もあるようなので、その治療もしましょう」
私は雪絵さんにそう話し、それから3ヵ月かけて、クスリ(向精神薬)を減らしていきました。雪絵さんはどんどん元気になり、無理のない運動をしたり、低血糖になるのを防ぐために食事を1日6回に増やすなどして頑張りました。食事療法の勉強会にも参加してもらい、抗糖化剤も服用してもらいました。その結果、体重が増えて、頭もすっきりしてきました。
向精神薬には、血圧を下げる作用があります。心筋に対する毒性、および末梢血管を拡張する作用(α-ブロッキング作用)があります。その結果、血圧が下がってしまいます。それを常用量の3倍も飲んでいたのですから、たまりません。
やせ型の雪絵さんは、もともと低血圧だったのでしょう。そこへクスリを使用したので、いっそうひどくなったのだと思われます。低血糖とクスリの関連はまだわかっていません。しかし、低血圧の方の93%が低血糖も合併しています。雪絵さんの低血糖も、もともとあったのかもしれません。
その後、雪絵さんはどんどん元気になり、1年の休学予定が6ヵ月に短縮できて、学校に戻っていきました。
卒業後は故郷の病院に看護師として勤め、患者さんに優しい、優秀な看護師として活躍しています。結婚して赤ちゃんが産まれ、私に見せに連れて来てくれました。とてもうれしい瞬間でした。
血糖値・血圧の計測が「うつ病」を解決する可能性
最近は、「治療抵抗性うつ」や「治療抵抗性てんかん」といって、抗うつ剤で治らないうつ病の患者さんや、抗てんかん剤で治らないてんかん患者さんが増えています。医師はさまざまな工夫をして、こうした患者さんの治療にあたっています。
実は、こうした症例の中には、低血圧・低血糖の患者さんが多くいます。前回の記事『医師「放置しないでほしい」食後に眠い…は脳の危険信号だった』で述べたように、脳の重さは体重の2%ですが、エネルギーは20%も使ってしまいます。脳は大食いで、しかも、ブドウ糖しか好みません(偏食)。そのため、血糖値が下がってしまうと、脳に強い影響が起きます。まず眠気が出て、疲労感が出てきます。記憶が悪くなったり、新しいことが覚えられなくなったり、暗算ができなくなったりします。うつ的な症状も出てきます。さらに、低血圧があると、脳の血流も悪くなって悪循環を起こします。
現在、抗うつ剤で治療中だけれど症状が改善しないようなら、ぜひ一度、血圧測定や血糖測定を行ってもらいましょう。身体の病気が心の病気として誤診されている場合があるからです。
永田 勝太郎
千代田国際クリニック 院長
医学博士