「要介護度が高くなったら、家に帰れない」という誤解
要介護度が上がってきて、ほぼ全面的な生活介助が必要であったり、経管栄養や痰の吸引などの医療的なケアが必要な場合、「家に帰るより、病院や施設にいたほうがいいのでは」と思う人が多いかもしれません。
また、在宅医療は病院で治療できることがなくなり、死を待つだけの人が選ぶものと思っている人もいます。だから「治療中のうちの親には関係がない」「まだ考えたくない」と思われるようです。
実は、私が在宅医療を始めたばかりの20数年前は、確かにそういう面もありました。特にがんの患者さんは病院に入院してできる限りの治療をし、自宅に戻ってからほんの数日で亡くなるケースが多かったものです。
そういう在宅医療では、せっかく自宅に帰っても、好きなものを自由に食べたり家族と話したりといった、その人らしい暮らしを取り戻すことはできません。
私は、病状が進んだ人ほど、ぎりぎりになって万策尽きて家に帰るというのではなく、もっと早い段階で在宅医療を始めてほしいと思っています。
「なんとなく病院にいたほうが安心」「病院ならば、何かできることがあるのでは」という思いからいつまでも入院を続けていると、時間が経つほど、親御さんは弱ってしまいます。ご家族は「何かあったときに困る」という考えがあるようですが、“本人が幸せなら何があってもいい”とどこかで覚悟を決めることも必要です。
現在の在宅医療では、要介護度が高くなってほぼ寝たきりという方でも、医療的なケアが必要な人でも、多くは在宅で対応ができます。本当に最期が近づいたときは、痰の吸引などは必要なくなりますし、在宅医や訪問看護師がフォローに入ります。
一部の例外はありますが、ご本人の「家に帰りたい」という希望とご家族の理解があれば、ほとんどの人は在宅で療養することができるのです。
「家にいる」という安心感が薬となり、諸症状が緩和
ほかにも「在宅では十分な医療を受けられず、長く生きられないのではないか」と心配されるご家族もいます。これも十分な医療とは何か、それを望んでいるのはだれか、ということを考えてみる必要があるかもしれません。
少なくとも、がんの終末期の痛みをコントロールするなど、高齢者やがんの患者さんが自宅で生活を続けるのに必要な医療は、在宅でも提供ができます。
寿命ということでいえば、私の印象としては、家に戻るとむしろ長く生きられる人が多いと感じています。長い入院でうつ状態に陥り、ほとんど反応がなくなっていた高齢者も、住み慣れた自宅に戻るとやはりホッとするのでしょう、みるみる顔に生気が戻ってきます。
食欲が落ちてしまい、病院で出される介護食が食べられなくなっていた人も、家でその人の好物を用意してあげると食欲が戻り、また少しずつ食べられるようになるケースもよくあります。
がんの末期で病院の主治医に余命わずかといわれた人でも、思い切って自宅に戻ると、思ったよりもずっと長く生きられることがよくあります。何よりも、自分の家にいるという安心感が患者さんにとって最良の“薬”になるのでしょう。がんの場合、比較的最後まで生活レベルを保てる人も多いため、家にいられたほうが幸せなケースが多々あります。
私のクリニックでも、70代で膵臓がんの末期の男性を在宅で診療していましたが、先日自宅でそのまま看取りとなりました。
病院ではあと1ヵ月もないかもしれないという話でしたが、自宅に戻ってから5ヵ月にわたって療養生活を続けることができました。
介護をされたのは奥さんと近くに住む娘さんですが、訪問看護やデイサービスを使いながら、ときには車でドライブをしたりと、家族と楽しい時間をもつことができたようです。亡くなる2日前には男性の好物のウナギを一緒に食べ、それがとてもよい思い出になったと後日、娘さんが話してくれました。住み慣れた自宅で、そんな穏やかな時間をもてるのが、在宅医療ならではの醍醐味だと思います。