まずは医師や医療ソーシャルワーカーに相談
実際に在宅医療を始めたいというときには、どうすればいいでしょうか。まず、入院していて退院後に在宅医療を始めたいという場合、病院の医師や医療ソーシャルワーカーに、在宅で療養したいという希望を伝えてください。
退院時カンファレンスで高齢者とご家族、病院の医師、地域の在宅医、ケアマネージャーらが集まり、在宅医療開始に向けて話し合いをしてくれるはずです。
いまはなんとか通院をしているものの、そろそろ在宅に切り替えたいという人も、通院先のかかりつけ医に相談をしましょう。地域の在宅診療を行うクリニックなどを紹介してもらえる場合があります。
すでに市区町村の要介護認定を受けている人は、担当のケアマネージャーにも連絡をしてください。地域の在宅医や訪問看護・介護の事業所を紹介してもらえるほか、在宅医療を始めるにあたっての住宅のリフォームや、介護用ベッドなどの必要な福祉用具などについてもアドバイスをもらえます。
まだ要介護認定を受けていない人は、市区町村の担当窓口や地域包括支援センターで要介護認定の申請をしましょう。申請から認定までは、通常1ヵ月程度の時間がかかります。要介護という判定がおりたら、担当となるケアマネージャー、在宅医、訪問看護ステーションなどを決めます。
そして住宅などの環境が整ったところで、在宅医療のクリニックや訪問看護ステーションと契約をすれば、いよいよ在宅医療のスタートとなります。
ケアマネジャーが家族全体を考慮したケアプランを作成
在宅で療養生活をするときに重要になるのが、ケアプラン(介護計画)です。ケアマネージャーが高齢者とご家族に生活状況や在宅療養の希望を聞き取り、さらに在医や訪問看護師と医療面について相談しながら、一人ひとりに合ったケアプランを作成します。
そしてそのプランに則り、医師をはじめ多職種のスタッフが医療と介護の両面から、高齢者の生活を支えます。高齢者に多い疾患別に、おもな在宅医療・介護の例を挙げると、次のようになります。
●心不全、呼吸器不全などの場合
月に2回程度の訪問診療によって健康状態を確認しつつ、薬の処方などを行います。呼吸状態が悪くなってきたときは、在宅酸素療法をプラスすることもあります。重い肺炎などで入院治療が必要になったときは病院と連携して対応するため、ときどき入院してその他は在宅療養、というケースもよくあります。
介護保険サービスでは訪問介護、訪問看護、デイサービスなどを利用する人が多くなっています。
最近では在宅医療でも人工呼吸器の対応ができます。最近の呼吸器はとても小さくなっており、そういった技術の進歩も在宅医療が対応可能な範囲を広げているのです。
●脳卒中の後遺症の場合
脳卒中の後遺症がある場合、定期的な訪問診療に加え、身体機能や嚥下機能などのリハビリテーションを行うことがあります。また訪問看護師やリハビリの専門職が、介護をするご家族に対しても生活介助のしかたを指導します。
ほかに体の麻痺によって関節痛があるときは鎮痛剤で痛みをやわらげますし、脳梗塞が再発したような場合は急性期病院で治療後、在宅療養に戻ります。
介護保険では、転倒防止のために手すりを設置するなどの住宅改修、車いすの貸与、訪問介護による生活援助や身体介助、デイケア(通所リハビリ)、デイサービスなどがよく利用されます。
●がんの場合
がんが進行したときには痛み(がん性疼痛)が出てくることが多いため、在宅医が鎮痛剤(飲み薬、貼り薬、座薬、注射など)を使って痛みをしっかりコントロールします。
呼吸が苦しいときは在宅酸素療法や、痰の吸引などを行うこともあります。いわゆる終末期には訪問診療や訪問看護の回数を増やし、医療職によるケアを増やす例もあります。
利用の多い介護保険サービスは、訪問介護、訪問看護、デイサービス、車いすの貸与などです。
●認知症の場合
訪問診療で、健康状態や生活状況について確認し、糖尿病などの慢性疾患がある人はその管理をします。また在宅医や訪問看護師がご家族に対し、認知症の症状に応じた生活の注意や介護のアドバイスを行います。
認知症以外に大きな病気がない人では、医療よりも介護の比重のほうが大きくなります。訪問介護での生活援助のほか、デイサービスなどがよく利用されます。
こうした在宅医療のケアプランは高齢者の状態だけでなく、介護をするご家族の状況も考慮して作られます。
同居の息子さん・娘さんが主たる介護者で、昼間は仕事で不在にしているのなら、朝の食事は家庭でとってもらい、昼間と夕方にホームヘルパーが訪問し、トイレや食事の介助をしてもらう方法もあります。
要介護の親御さんが一人暮らしを続けるときは、平日には訪問看護師やホームヘルパーに訪問してもらい、週末はきょうだいで交替しながら介護をする、というスタイルもあります。
住み慣れた自宅で親御さんが長く過ごせるように、そして介護をするご家族も負担なく介護を続けられるように、そういう視点で在宅医やケアマネージャーとよく話し合い、在宅医療を進めていくことが大切です。
「看取りの方針」は決まっていなくても大丈夫
最後に、「看取り」の問題についても少し触れておきます。もしかすると「在宅医療を始めたら、自宅で看取りまでしないといけないのでは」と思った人がいるかもしれません。しかし、在宅医療を始める段階で、看取りの方針が決まっていなくても大丈夫です。
特に在宅医療の経験のないご家族は、看取りまでできるかどうか自信がない、看取りのことまでいまは考えられない、という人も多いでしょう。
そもそも要介護の高齢者の状態がどのような経過をたどり、在宅での生活がどれくらい続くのかは、人によってそれぞれです。
がんの患者さんの場合、進行度によってある程度、経過が予測できることもありますが、心疾患や脳卒中、認知症などの高齢者では、数年から、場合によっては10年近く在宅療養が続くこともあります。
そのなかで在宅医が折を見ながら「延命治療を望むかどうか」といった終末期医療や、「どこで、どのように最期を迎えたいのか」という看取りの方針について、高齢者やご家族に話をしていくと思います。
そのときには、これまで長い人生を懸命に生きてきた親御さんの率直な気持ちに、ぜひ耳を傾けてあげてください。
そして親御さんの希望を叶え、家族も悔いなく見送るためにはどうすればいいのか、一緒に考えていきましょう。
井上 雅樹
医療法人翔樹会 井上内科クリニック 院長