相続財産のうち現預金が「約7割」を占めていたAさん
開業医の相続では「相続税対策」と「医療法人の承継対策」が不可欠となります。
そこで本連載では、事前の計画的な「相続税対策」および「医療法人の承継対策」で、円満な相続を成し遂げた開業医たちの例をいくつか紹介しておきましょう。彼らの事例を参考にして、皆さん自身の相続にも役立てていただければと思います。
今回紹介するのは、ある地方都市で個人開業の内科クリニックを経営しているAさんのケースです。
Aさん68歳[個人開業・内科]
●家族構成・・・Aさん(院長)、妻、長男(内科医・30歳)、次男(会社員・27歳)
●相続財産・・・合計4億8000万円(相続税評価額)うち5割が現金
●内訳・・・自宅の土地と建物、クリニックの土地、建物、医療機器等、現預金
Aさんは妻と長男、次男の4人家族です。長男は内科の医師で、両親と二世帯住宅に暮らしながら、Aさんの病院を手伝っています。次男は東京に出て暮らし、技術系企業に勤めています。
Aさんは仕事が趣味のような人で、車や洋服などにお金を使うでもなく、また投資などにも興味がありません。必然的に現金が貯まっていき、相続財産のうち現預金が約7割を占めていました。
相続税の試算をしたところ、相続税額は1億2000万円を超えていました。まずは、この相続税額が問題です。現金が多く、対策を行っていないために膨らんでしまっています。
さらに、長男に自宅とクリニック両方を相続させるつもりで話を進めていましたが、そうすると、長男・次男が法定相続分で平等に遺産分割をした場合よりも、長男の取り分が多くなります。
長男に対する何千万円という多額の相続税を心配し、長男に自宅とクリニックに加えて納税額相当分の現金を相続させるとなれば、相続財産はさらに長男へと偏ります。
次男が許容してくれればいいですが、そうとは限りません。不公平だと言って次男が納得しなければ、遺産分割を調整する必要がありますし、最悪は〝争族〟になってしまうでしょう。
現金の一部を不動産に換え「相続税評価額」を下げる
Aさんの相続対策のポイントは以下です。
①節税対策による相続税減額
対策1:現金の一部を賃貸不動産に換えて相続税評価額を減らす
対策2:生命保険利用による非課税枠を活用する
②次男への遺産分割に対する話し合いと調整
対策1:購入した賃貸不動産を事前に次男に贈与する
対策2:贈与税の負担を少なくするために、相続時精算課税の非課税枠を利用し一括贈与する
Aさんはキャッシュリッチ状態での相続が問題なので、まずは、現金の一部を不動産に換えて、相続税評価額を下げることにしました。長男の納税資金用として、長男を保険金受取人にして死亡保険を契約しています。死亡保険には非課税枠があるので、それによって相続税を減らすことにつながります。
次男に対しては、賃貸不動産を引き継がせて、その後の収益を全部次男のものにする代わりに、他の財産はある程度長男に引き継がせるという話をしておきます。
Aさんの68歳という年齢を考慮すると、できるだけ早く贈与を完了すべきで、また、会社員の次男は贈与税を支払うキャッシュがあまりないため、相続時精算課税の2500万円の非課税枠を用いてひと息に財産を移転しました。
これによって、Aさんの相続財産はすっきりと整理がつき、いつ相続が起きても大きなトラブルが起こらないような準備が整っています。遺族間で財産の偏りが生まれることもなく、全員が納得できる相続ができそうです。