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大谷翔平選手のマンダラート
私は最近の講演の冒頭でほぼ必ず、エンゼルスの大谷翔平選手の例を挙げています。
4年ほど前のことです。日本ハムファイターズのスカウトの方と知り合う機会があり、会食でスマホの写真を見せてくれました。そこには大谷翔平選手のマンダラート(目標達成表)が写っていました。目標を達成するための発想を図式化した、チャートです。
大谷選手が花巻東高校1年生のときにつくった目標達成表は、「マンダラート」「大谷翔平」と検索すれば、ウェブ上で誰でも見ることができます。
そのマンダラートの真ん中には、「ドラ1(ドラフト1位)8球団」と書かれてあります。その第一目標を達成するための八つの要素が、周囲を取り囲んでいます。たとえば右に「スピード160㎞/h」と書いてあり、左に「メンタル」、上に「コントロール」、下に「運」などとある。それぞれの要素は角に向けて広がり、各項目を達成するための別の要素が、また増えていきます。目標を達成するための必須要素が細分化されているのです。
大谷選手は、日ハムに入団した後もこのチャートをつけていて、要素を埋めるべくコツコツと、トレーニングを重ねていたそうです。
その話を初めて聞いたとき、「へぇ……!」とさらに驚く写真をスカウトの方が見せてくれたのです。
それは同じ大谷選手のマンダラートでも、日ハム入団後のものでした。そのマスのひとつに「『論語と算盤』を読む」と書かれていたのです。私はびっくりしました。平成生まれのプロ野球選手が、なぜ明治時代の実業家の思想である『論語と算盤』を読もうとしたのだろう? と。
すると、「栗山監督が選手に対して『論語と算盤』を読むことを勧めていたんですよ」と聞かされました。
栗山英樹監督が就任2年目のとき、チームはリーグ戦で最下位に沈みました。監督は悩みました。プロ野球の監督は自分には務まらないかという不安も頭を過ったようです。何か策を得ようと、人財育成やマネジメントの本を読み返しているとき、『論語と算盤』から、
「目先にすぐ成果が出ないとしても、それはまだ機が熟していない、タイミングがまだ合っていないだけなので、あきらめることなく、忍耐強く進めるべき」
というような言葉がページから浮かび上がってきて、気持ちを立て直されたようです。その後、日ハムは戦力を伸ばし、栗山監督就任5年で見事、2度のリーグ優勝を果たしました。それ以来、栗山監督は日ハムに入団して2年目になる若手選手全員に『論語と算盤』を読むように、と手渡しているそうです。
選手のなかには、読書が苦手で、読まずに放っておく人もいるでしょう。しかし大谷選手は素直に『論語と算盤』を読むことに「難しいですね」といいながらも努力したようです。大谷選手が投手と打者の二刀流での一流プレーヤーとして花開き、メジャーリーグでも成功したのは、栗山監督の教えが大いに役立ち、『論語と算盤』もその一助になったのかもしれません。
見えない未来を信じる力
栗山監督はご自身の著書のなかで『論語と算盤』を引きながら、「見えない未来を信じる」ことの大切さを、強く説かれています。
入団当時、大谷選手の世評は「二刀流は無理」「プロでは通用しない」というものでした。球団内でも二刀流には否定的な声があったそうです。しかし、栗山監督は「前例がないものを、どうして否定するんだ?」「なぜ翔平の見えない未来を、信じようとしないんだ?」と逆に疑問を感じ、批判には屈せず、大谷選手の二刀流を認めて育成にあたります。つまり、過去の前例の枠にとらわれず、大谷選手自身がみずから持っている才能を引き出したのです。これは、栗山監督の見えない未来を信じる力が、歴史的な二刀流のプロ野球選手の誕生と日ハムの躍進を引き寄せたといえる出来事です。
渋沢栄一が活動していた明治維新は、見えない未来を信じる力が、最も有用な時代でした。それまで数百年続いていた江戸時代の常識が壊され、それまでの前例が通じない世のなかに突入したのです。将来何が起きるのか、まったく不透明となっていました。いわば、社会も経済も、じつに不安だらけの時代であったでしょう。そのような中で渋沢栄一は、国力を高めるためにおよそ500社の会社の起業に関わり、およそ600以上の教育機関、病院、社会福祉施設、社会活動団体などの設立も手がけました。見えない未来を信じる力を持った人物だったから、そのような活発な行動がとれたのでしょう。
では、見えない未来を信じる力を発揮できるのは、大谷翔平や渋沢栄一のような特別な才能の持ち主だけでしょうか。いえ、そんなことはまったくありません。今この記事を読まれているあなたにも必ずその力があります。
一人ひとりは微力かもしれません。ただ、その微力の足し算、掛け算によって、見えない未来を信じる力が大きくまとまり、よりよい明日への流れができていく──実際、その流れは現在、SDGsという大きな潮流となり、世界を舞台にした経済界に広まりつつあるのです。
渋沢栄一は「資本主義の父」と呼ばれますが、じつは「資本主義」という表現を自分では使っていません。彼は、経済活動の根幹を「合本主義」と表現していました。
日本の銀行をつくりだしたのは、渋沢栄一の大きな業績の一つです。それは「一滴一滴が大河になる」という合本主義に基づいた事業でした。
「しずくの一滴には力がないけれど、集合させることで、水滴となります。水滴は小さな水流をつくりだし、やがて大河になる」
このような考えのもとに個人の小さなお金を集め、国家の経済力の基盤づくりに努めたことが、渋沢の興した銀行の原点になっています。
SDGsも同様です。小さな個人の投資や活動でも、世界全体を変えていくポジティブな流れにつながる可能性に満ちているのです。それが、見えない未来を信じる力です。
イマジネーションが文化を築いた
さて、質問です。
人間だけが持っている、他の動物にはない特徴的な能力とは、何だと思いますか?
生物学界では、「イマジネーションである」といわれています。
たとえば、チンパンジーは知能の高い動物です。体験したことの延長として、一定の未来を想像し、生存活動に役立てることができると考えられています。しかしチンパンジーといえども、自分が会うことのない子孫のことや、自分たちが棲息しているところから遠い森のチンパンジーの生態を想像することはできません。
人間には、それができるのです。
見えない未来と、見えない場所の出来事を、想像することができます。イマジネーションによって、それらの不可視の世界と関われるのです。
いうまでもなくとても素晴らしい能力なのですが、同時に不安も生みだします。たとえば「老後は2千万円貯金がないと暮らしていけない?」など、まったくもって大きな不安ですよね。
不安を持つのは、人間としては余分なストレスかもしれません。しかし、未来を想像できる、見通せる、信じられるというイマジネーションの力があるからこそ、人間は見えている今と見えない未来を結びつける〝と〞(注)という飛躍を発揮できるのだと思います。それが期待や希望となるのです。
(注)「イエスかノー」「白か黒」という「か」の力に留まることなく、一見矛盾する関係でありながらも、「イエスとノー」「白と黒」といったように、それを合わせることができる「と」の力が、これからの未来には重要だと私は考えています。
人はイマジネーションによって、頭のなかで違う空間を行き来でき、タイムトラベルができます。時間を超えた飛躍のなかで、「と」の組み合わせにより、単なる動物の群れから社会をつくり、文化・文明を築くことができました。また倫理や道徳という、文明に不可欠な感性は、イマジネーションがないと育まれません。〝と〞の力とは人間力、ひいては人間そのものだともいえるでしょう。
SDGsでは、壮大な人類規模での〝と〞の飛躍、つまり、見えない未来を信じる力が試されていると、私は考えています。SDGsの掲げている目標はいずれも、独立したものではありません。各企業や団体がそれぞれに達成を試みていくことで、項目と項目が自然につながり、目標が達成されていきます。SDGsの枠組みのなかでは、日本企業の得意とする地道な積み重ねが、大きな効果を発揮します。
SDGsの17の目標と169のターゲットとは、じつは2030年への飛躍をバックキャスティング(逆算)するツールです。大谷翔平氏が用いた目標達成法であるマンダラートと同じ原理といえます。「誰一人取り残さない」社会を確かなものにする将来から、新たな需要や価値を見つけていく、そのための逆算的なツールなのです。
時代は渋沢栄一の頃からずいぶん変わりました。ですが、SDGsの言わんとすることと『論語と算盤』の趣旨は、ほぼ同様だと考えられます。どちらも述べていることは、サステナビリティ(持続可能性)です。
「算盤」はサステナビリティのために不可欠です。でも、「算盤」だけを見つめているとつまずいてしまうかもしれない。一方、世の中が著しく変化しているなか、「論語」しか読まない。これも、サステナビリティが乏しいです。「論語」と「算盤」とは、未来へ進む車の両輪のように合わせた〝と〞の関係です。
私は〝と〞の力を問い続けることである『論語と算盤』の現代的かつ地球的な実践が、SDGsであると考えています。
渋澤 健
コモンズ投信株式会社
取締役会長/ESG最高責任者
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