2015年、国連のサミットで採択された「SDGs」(Sustainable Development Goals)。SDGsとは「持続的な開発目標」のことであり、この取り組みは投資の世界にも変化を起こしています。すべての人が取り残されることなく支え合うというSDGsの精神を紐解きながら、「社会貢献を実現する資産運用」について考察します。本記事は『SDGs投資』(朝日新書)から一部を抜粋・再編集したものです。

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企業に求められる道徳

SDGsと同じ文脈で語られているものにESGがあります。ESGとは環境(Environment)、社会(Social)、統治(Governance)の略称です。サスティナビリティのために重要なこの三つの要素を活かして優れた経営をしている企業、そこに投資するのが、ESG投資です。

 

根本は同じでも、SDGsには「誰一人取り残さない」というサスティナブルな視点が組み込まれており、投資対象の文脈であるESGよりも広い人々を対象にしています。また、SDGsのゴールは「目的」であり、ESGは「手段」であるという違いがあります。

 

ESGでとりわけ重視されているのは「G」、すなわちガバナンスの部分です。日本語では「企業統治」と訳されますが、投資の世界ではもう少し広い意味で使われています。

 

企業には、経営者がいますよね。その人物は、誰の期待に応えなければいけないのか? 一般的なGの概念では、まずは株主です。この関係について、ガバナンスと表現されてきたのが従来の使い方です。経営者は一義的には企業の最高責任者ですが、欧米のビジネスの仕組みでは株主の「雇われの身」とされています。株主の利益をあげるために企業は存在している、というわけです。

 

しかしESGでのガバナンスは、環境と社会に密接につながっています。株主の利益をあげつつも、企業は環境と共に長期的な繁栄活動を目指すべきだという思想です。資本主義社会の理念に則りつつも、永続的に豊かさを様々なステークホルダーたちと分け合うことを目標にしているといえます。

 

ESGが世の中で形成される前の時代には、SRIが提唱されていました。SRIとは、「社会的責任投資(Socially Responsible Investment)」の略語です。日本では、1999年に設定されたエコ・ファンド、SRIファンドが社会的責任投資の初めといわれています。

 

このSRIは、社会的責任を持っている会社の株価は当然高く、業績も良いというのが前提です。そのため投資家にとっても、好まれる指標とされていました。

 

しかし、SRIには批判もありました。

 

「たまたま儲かっている会社で余裕があるから、社会的責任を果たせているだけではないか?」

 

という意見です。「悪徳ファンド(Vice Fund)」といわれるアルコール製造とか武器販売、ギャンブリングなど、西洋的には非道徳的なビジネスを手がける企業の株価のパフォーマンスの方がSRIファンドを上回っている、という指摘もありました。つまり、SRIの社会貢献と経済的リターンは因果関係ではなく、相関関係でしかないという意見も聞かれました。

 

ほとんどのSRIファンドは、個人投資家向けに販売されていました。表向きの看板は社会貢献に寄与している、と見映えがいいのですが、ファンドの中身は「勝ち組ファンド」などのような別称でも通用してしまう…という課題が残されていました。それが、1990年代後半から2000年初頭ぐらいまでの状況です。

 

あああ
SDGsと同じ文脈で語られているものに「ESG」がある。

 

企業と投資家の対話ツール

ESGの確立は、SRIの問題点を解消する効果もありました。個人投資家向けにテーマ設定で販売促進するということではなく、しっかりとプロの知見を持つ機関投資家に呼びかけることで、「企業の社会責任」という課題を明確化できたのです。

 

ところでESGは、日本ではどのような動きを見せていたのでしょうか。

 

2004年頃を起源に欧米で広まっていったESGの波に、日本は当初それほど乗ってはいませんでした。

 

もともと日本の企業には、近江商人が説いた〝三方良し〞の精神が根づいています。

 

「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の三つですね。売り手と買い手がどちらも満足して、社会貢献にもなっている商売が最も良い商売、とされていました。三方良しが基本にあるから、「ESGをいまさら採り入れなくても間に合っています」的な空気が、日本の企業界にはあったように感じられます。

 

その空気がガラッと変わったのは2015年。日本国民の公的年金の積立金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のPRIへの加入表明でした。

 

PRIとは国連が2005年に公表した投資原則で、国連に加盟する国の機関投資家が投資ポートフォリオの基本課題の取り組みについて署名するものです。この原則には、環境問題(Environment)、社会問題(Social)、企業統治(Governance)について、投資家たちが投資を通じて責任を全うする際に必要な原則が明示されています。

 

これに署名することにより、加盟機関投資家側は受益者のため、長期的視点に立って利益を追求する義務を遂行せねばならず、その意思決定のプロセスにはESG問題を反映させることを表明できます。

 

GPIFはPRIへの加入サインをしたことで、「ESGを重視した投資活動を行っていきます」と、全世界に向けて宣言しました。日本最大級の機関投資家であるGPIFがESGをやります! というのですから、GPIFを大きなお客様にしている運用会社たちも従わざるを得ません。

 

GPIFは、単なる金融系の政府機関ではなく、ユニバーサルオーナーです。

 

ユニバーサルオーナーとは、巨額の運用資産を持ち、長期的な視点で幅広い資産や証券に分散投資を行っている投資家のポジションを表しています。ユニバーサルオーナーの運用資産は、国家の経済市場全体を所有した状態になっています。「すべての」「全体の」という意味のユニバーサルと、「所有者」のオーナーが組み合わされて、この呼称がつくられました。「すべて」の所有者であるため、経済社会の持続的な成長を確保するために企業に対して積極的な行動を起こすのも、ユニバーサルオーナーの特徴です。

 

例を挙げましょう。2014年から2015年にかけ、欧州のESG投資家たちは「脱石炭投資」を実践しました。石炭火力発電所や石炭資源への依存が強い企業から、投資を撤退する動きです。背景には、石炭火力発電への規制が強化されることへの懸念があると考えられます。世界的に、地球温暖化の抑制への取り組みが進んでおり、温室効果ガスを排出する石炭火力発電は減らされていく可能性が高まりました。そうなるとユニバーサルオーナーたちは、資産価値を失う可能性が高まります。

 

資産価値の損失を回避したければ、単純に石炭資源に依存する企業の株式を売却すれば済む話でしょう。「ESGを実践していない会社は売却します」という金融資産の引き揚げ行為を、「ダイベスト(Divest)」といいます。ですが、「すべて」を保有するユニバーサルオーナーはダイベストという手段を安易に使わず、あえて「脱石炭投資」を対外的に宣言しました。そうすることで企業や業界全体、規制当局に対してもシグナルを発し、社会の変革を促そうという狙いがあったのです。

 

2015年を機に、日本の経済界ではESGを重視する投資の機運がぐっと高まります。それによって、Gの課題を優先していた企業に、Eの環境およびSの社会の視点が一層取りこまれるようになりました。

 

企業にとってESGの導入は、投資家との対話ツールになる。私はそう考えています。企業理念を基に、それぞれの立場を伝えつつ、長期的なビジョンで企業を育てていくための意見交換の方法として、ESGはたいへんに有用です。

 

こうしてESGも、SDGsも、人類の共通課題を解決するための存在である国連から生まれました。親が一緒なので、SDGsもESGも根本は同じものでしょう。双子のようにつながって、両者は投資の基本ルールとして経済界に新たなムーブメントを起こしています。

 

 

渋澤 健

コモンズ投信株式会社

取締役会長/ESG最高責任者

 

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