「育ててくれた親にできるだけのことをしてあげたい」…2013年頃から、介護離職をする人は年間9万人前後にものぼります。頑張りすぎる子ども世代は、生活や体、ときには心までも壊してしまうことがあり、事態は深刻です。親も子どもも納得して介護を乗り切るにはどうしたらいいのでしょうか。※本連載は『大切な親を家で看取るラクゆる介護』(幻冬舎MC)から抜粋・再編集したものです。

ある日突然「親の介護」に直面する子ども世代

「まだまだ元気だと思っていたのに…」

「まさかうちの親がこんなことになるとは…」

 

「親の介護」に初めて直面したとき、だれもがそんなふうに感じるのではないでしょうか。

 

現代の日本は超高齢社会です。平均寿命は女性が87.3歳、男性が81.1歳。いまなお毎年少しずつ平均寿命が延びています。

 

毎年9月の敬老の日には、100歳を超えるお年寄りが全国で6万人を超えたという解説とともに、たくさんの百寿者の方々がテレビに登場します。そうした情報に接していると、忙しい子ども世代は「うちの親も年だけど、まあいまのところ大丈夫だろう」と思ってしまいがちです。しかし、親とて生身の人間です。年齢が上がるにつれ、加齢による心身の変化は少しずつ進んでいます。

 

近年は75歳以上を「後期高齢者」と呼びますが、この区切りはよくできたもので、ちょうど70代半ばを超えた頃から病気や心身の衰えが、グッと進んでくる印象があります。そして、ある日突然に子ども世代が「親の介護」に直面することになります。

 

あああ
「まだまだ元気だと思っていたのに…」

母、コンロの火をつけっぱなしにしてボヤ騒ぎ…

たとえば、親が脳梗塞を起こして倒れ、病院に運ばれるというパターンも多いと思います。最近では脳血管の治療も進化していて、軽い梗塞であれば治療をしてもとの生活に戻れるケースもあります。

 

しかし、血管が詰まった場所等によっては手足の麻痺などの後遺症が残り、そのまま介護が必要になる例も少なくありません。特に男性では、要介護になる原因のトップが脳梗塞などの脳血管疾患です(厚生労働省「国民生活基礎調査」平成28年)。

 

さらに脳梗塞では、最初は軽い梗塞で済んだ人も2回、3回と再発を繰り返すうちに、全身の状態が落ちていきます。そこで家族は入院、リハビリ、退院後の生活をどうするかなど、次々に襲ってくる問題に翻弄されることになります。

 

また高齢の女性では、要介護になる原因でもっとも多いのは認知症です。

 

もとは夫婦二人暮らしで、父親が亡くなった後に一人暮らしをしていた母親の様子が最近どうもおかしい。話のつじつまが合わないし、部屋にものが散乱して荒れている。年のせいかといぶかしく思っているうちに、外出時に自宅に帰れなくなって保護されたり、コンロの火をつけっぱなしにしてボヤを起こすなどの事件が発生する。

 

そうした流れで「いよいよ母親を一人にはしておけない」となり、娘や息子が「いったいどうすれば?」と頭を悩ませることになります。

 

それ以外にも高齢になると、転んで骨折をしたとか風邪をこじらせて入院した、そんなちょっとしたきっかけで、急に心身の衰えが進んでしまうこともよくあります。

 

入院前は年の割にはしっかりしていて、自分で生活全般を管理して自立した生活を送っていたのに、わずか一、二週間の入院でまるで別人のように体や頭が弱ってしまった…。そんなケースも珍しくありません。

 

入院生活では自宅にいるときに比べ、さまざまな規制(ルール)に縛られ自由が奪われます。そのため、よかれと思って入院したはずがかえって心身ともに弱ってしまうことも多く、高齢者にとって入院は必ずしもよい選択とはいえません。

 

そして子ども世代は突然のことに悲しさ、寂しさ、怒り、不安、戸惑い、さまざまな思いを抱えながら、親の介護に向き合うことになります。

親の介護は、多くの中高年世代が抱える共通の問題

いまは、介護の環境も昔とは変わってきています。

 

ひと昔前までは、長男夫婦が親と同居し家を継ぐ代わりに、親が弱ってきたときには介護をするのが社会の常識でした。主婦として婚家を守っている長男のお嫁さんが、家で介護をするのが当たり前とされていました。

 

もちろんこの時代にも、介護を担う人はたいへんな苦労をされていたと思いますが、だれがどこで介護をするのかという点では、混乱は少なかったかもしれません。

 

しかしいまは、核家族化が進み、高齢者だけの世帯が圧倒的に多くなっています。

 

そのため高齢でも夫婦二人で暮らしている間は、要介護になった夫・妻を配偶者が介護するパターンも増えています。いわゆる老老介護です。

 

そして夫婦のどちらかが亡くなったり、病気や衰えが進んで介護ができなくなったりしたときに、いよいよ子どもが介護を担うことになります。

 

このとき子ども世代のきょうだいが少ないいまは、生まれ順や性別にかかわらず、だれもが介護の担い手になる可能性があります。実家との距離やそれまでの親との関係、生活スタイルなどで介護の中心になる人が決まるからです。

 

仕事をしているか否かも、いまは介護をしない理由にはなりません。女性の社会進出の進んだ昨今は、長男の嫁でも実の娘でも、仕事をもって外で働いているケースが少なくありません。

 

さらに以前は、介護といえば女性の役割というイメージがありましたが、近年は息子による介護も増えています。ある調査によると、65歳以上の要介護者を看ている男性介護者の約3割が、60歳未満の現役世代となっています。

 

筆者のクリニックの患者さんでも、ほぼ寝たきりの父親を介護している息子さんがいます。息子さんは独身で、お父さんが倒れる以前は親との付き合いはほとんどなかったそうです。しかし父親が病気で救急搬送され、たくさんの管につながれて横たわる姿を見て、何か感じるところがあったのでしょう。退院とともに在宅で介護を始められ、いまも献身的に続けています。

 

いまや「親の介護の悩み」は性別や職業の有無にかかわらず、多くの中高年世代が抱える共通の問題になっています。

「頑張る介護」が子ども世代を苦しめる

先ほどの息子さんのように、親の介護が必要になったとき、多くの人は「親のためにできるだけのことをしてあげたい」と思うようです。あるいは、「親が歳をとったら、子どもが世話をするのが当然」という責任感もあるかもしれません。

 

しかし現在の日本社会で、働きながら介護をするのは決して簡単ではありません。なかには介護休暇制度があるような会社もありますが、そうした福利厚生が整った職場はまだ限られています。

 

多くの人は職場の周囲の人に気を遣いながら、なんとか時間をやりくりして、入院・通院時の付き添いや送迎など、介護の時間をひねり出しているようです。

 

特に親の状態が安定しないときは、平日の昼間にたびたび病院などへ出向くことになります。そうなると介護をしていても仕事のことが気になりますし、職場を離れられないときは親のことが心配になるという具合で、仕事と介護とのバランスに悩むことになります。

 

週末ごとに親の住む実家に通って介護をするような場合も、やはり負担は少なくありません。働く現役世代にとって週末は、本来なら体を休めたり、自分の家庭の家事・育児をしたりするはずの時間です。それを親の介護にあてるわけですから、平日はもちろん週末も、心と体の休まるときがなくなってしまいます。

 

さらに入院先や実家にたびたび通えば、それだけ交通費もかかります。遠距離介護ともなれば、交通費だけでも相当な出費になります。

 

ほかにも要介護の親が買い物や家事をできなくなれば、食品や日用品を差し入れたりもするでしょうし、杖や手すり、おむつなどの介護用品を購入することもあります。このような一つ一つは細々とした出費でも、積み重なればそれなりの額になります。

 

このとき「親のために」と頑張れば頑張るほど、子ども世代の心身の負担は大きくなります。自分自身の仕事や生活だけでもたいへんなところに親の介護が重なることで、疲れ果てている子ども世代は少なくないと感じます。

介護離職する人は、むしろ増えている

さらに働き盛りの世代が親の介護のために仕事を退職する「介護離職」の問題も、いぜんとして深刻な状態が続いています。

 

厚生労働省の雇用動向調査によると、介護保険制度がスタートした2000年の介護離職者は、4万人弱でした。

 

その後、介護によって離職をする人は減るどころか、むしろ増えてきています。

 

特に2013年頃からは、年間9万人前後の人が介護離職をしています。2000年と比べると、実に2倍以上になっています。離職する人の性別では女性がまだ多いですが、男性でも年によって2万人以上が介護を理由に仕事を辞めています。

 

右軸:個人的理由による離職者の中で介護・看護の理由による離職者の割合 左軸:介護・看護の理由による離職者数 出典:厚生労働省「雇用動向調査」より試算
[図表]介護・看護の理由による離職者数 右軸:個人的理由による離職者の中で介護・看護の理由による離職者の割合
左軸:介護・看護の理由による離職者数
出典:厚生労働省「雇用動向調査」より試算

 

筆者のクリニックの患者さんにも、兄弟2人がともに退職して、母親の介護をされている例があります。母親は脳梗塞で倒れ、寝たきりで鼻から栄養をとる状態になってしまい、独身の兄弟が母親の世話をしているのですが、2人とも家庭も仕事もなく、毎日ただ母親を見張っているような日々を過ごされています。生活のすべてが介護中心で、介護が終わったときに仕事や社会生活に戻れるのかと、われわれも心配しています。

かつては「社会的入院」が広く行われていたが…

こうした介護離職の増加には、おそらく医療システムの変化も関係しているのかもしれません。

 

以前は、高齢の人が病院での治療は終わったけれども自宅で生活するのはむずかしいという場合、そのまま入院を続ける、いわゆる“社会的入院”が広く行われていました。

 

しかし現在は、年々増え続ける国の社会保障費削減のために、長期の入院が制限されるようになりました。高齢者が脳卒中や骨折などで病院に運ばれても、その急性期病院で入院できる日数は最長で90日と決められています。

 

つまり高齢者が十分に回復したかどうか、自立した生活が送れるか否かにかかわらず、一定の期限がくれば病院を出なければならないのが、いまのシステムです。

 

そのとき家族は長期の入院ができる療養型病院や、介護を受けられる高齢者施設を懸命に探すわけですが、希望に叶う施設はそう都合よく見つかりません。また療養型病院や老人保健施設の場合、入れたとしてもそこに滞在できる日数には限度があります。何か熱が出たなど医療が必要になると、ふたたび急性期病院へ戻され、病院や老人保健施設をたらい回しにされてしまうような例もあります。

 

たまたま地域の高齢者施設に入れた場合でも、認知症が進んできたり、病状が悪化したときには退所を求められることもよくあります。

 

そうなると、子ども世代は「自分が仕事を辞めて、親を看るしかない」という気持ちになることが少なくないようです。特に親御さんが何度か入退院を繰り返し、「もう病院は嫌だ、家に帰りたい」という希望があるとき、親思いの人ほど、それを叶えてあげたいと思うようです。

 

また親が病院や介護老人保健施設でただベッドに寝かされているような日々が続き、徐々に弱っていく姿を見かねて、息子や娘が家に連れ帰るというケースもあります。

 

さらに介護を担う子ども世代も、すでに高齢者の仲間入りをしているケースも少なくありません。実際に筆者のクリニックで外来・在宅に来られる患者さんでは、90代の母親を70代の息子が介護している、というケースが多くなっています。

 

子ども世代も関節痛や腰痛、脳梗塞などを経験している人もいて、親子であってもすでに“老老介護”という例も珍しくないのです。

 

 

井上 雅樹

医療法人翔樹会 井上内科クリニック 院長

 

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