年間約130万人の方が亡くなり、このうち相続税の課税対象になるのは1/10といわれています。しかし課税対象であろうが、なかろうが、1年で130万通りの相続が発生し、多くのトラブルが生じています。当事者にならないためには、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが肝心です。今回は、遺産分割を前にした兄弟の事例を、円満相続税理士法人の橘慶太税理士に解説いただきました。

定職にもつかない義弟が結婚…

ある日曜日の夕方、D子さんは、義弟から突然の報告を受けました。

 

「今度結婚します」

 

結婚――。おめでたいことなので、素直に祝福したいのですが、D子さんは喜ぶ気持ちになれませんでした。なぜなら、義弟はそのとき定職についていなかったからです。

 

「夫と結婚したとき、義弟は大学4年生でした。そのあと普通に就職するのかなと思ったんですが、『本当に勉強したかったことが別にある』といって、別の大学に入学しなおしたんですよ。そのときは『すごい向上心だなあ』と思ったのですが、入りなおした大学を卒業してからも職を転々としていて。今は無職。それで結婚するというから…」

 

同じようにD子さんの夫も心配し、「結婚を急ぐ前に就職をしては?」と伝えました。しかし義弟は結婚を強行。第一子まで誕生しました。

 

「さすがに、子どもが生まれたらまずいと思ったんでしょうね。義父から紹介してもらった会社に就職をしたみたいです」

 

ようやく安心して義弟家族をみていられる……誰もがそう思った矢先、義弟が体調を崩し、義父から紹介してもらった会社を休職しました。義弟いわく、家族を養っていかなければいけないというプレッシャーと、慣れない仕事にストレスが溜まった、とのこと。義弟は病院で軽いうつ状態と診断されたといい、会社も退職してしまいました。

 

「精神的にも辛いこともあったと思いますが……本当にうつなのか。これまでのことを考えると、少し怪しいですよね」

 

結局、職を失った義弟とその家族は、義父に援助してもらうようになりました。しかし義父も定年退職をし、いつまでも義弟家族をサポートできるほど余裕があるわけではありません。しばらくすると義父から「義弟家族をサポートしてほしい」というお願いがD子さん家族のもとに入りました。

 

D子「ちょっと待って。どうしてうちが義弟さんの家族の面倒をみなきゃいけないのよ」

 

D子夫「できる範囲で、とはいってあるから」

 

D子「うちだって子どもが3人もいるのよ。どこにそんな余裕があるのよ!」

 

これがきっかけで、D子さん夫婦も、喧嘩が増えたといいます。D子さんも「できる範囲」という夫の言葉を信じて、しばらくは耐えていました。

 

しかし一向に変わらぬ状況に、とうとう堪忍袋の緒が切れ「離婚よ!」といいそうになったとき、突然の悲劇が襲いました。義父が亡くなったのです。

 

仕事もないから、お金ちょーだい
仕事もできないから、お金ちょーだい

義父が突然死…残された遺産は自宅と預貯金

本当に突然の出来事でした。電話に出ない父を心配し、D子さんの夫が様子をみにいったところ、布団のなかで冷たくなっている姿を発見したそうです。離婚を口にしそうになっていたD子さんでしたが、こんな事態です。戸惑うばかりの夫や義弟の代わりに、D子さんが葬儀の段取りをすすめていきました。

 

「本当に、いざというときに、男の人は頼りにならないの」

 

葬儀がひと通り終わり、ひと息ついたある日のこと。義弟からD子さんの夫に連絡が入りました。義父の相続のことで話をしようというのです。ずいぶんと前のめりの姿勢に、D子さんは嫌な予感しかしなかったといいます。

 

そして約束をしていた日が訪れました。

 

義弟「悪いね。でもこういうのは、早いほうがいいと思って」

 

D子夫「いや、話さないわけにはいかないことだから、いいよ。それより体調はいいのかい?」

 

義弟「あぁ、最近は安定しているよ。で、お父さんの遺産ってどうなっている?」

 

D子夫「遺産といえるのは、実家と現金くらいかな。現金は、この貯金通帳に入っているもので…500万円くらいか」

 

義弟「あの家って、どうする? 兄貴が住むとか、ないよな」

 

D子夫「そうだな。おれには持ち家があるし」

 

義弟「なら俺がもらっても、問題ないよな」

 

D子夫「あぁ、2つにわけられるものでもないし…それでいいよ」

 

義弟「あと、まだ仕事できるほど、体調は良くないんだよ。だからお金もほしいんだよね」

 

D子夫「えっ、この貯金もよこせ、っていうのか?」

 

義弟「いや、全部よこせなんて、乱暴なことはいわないけど。兄貴は、俺ら家族は野垂れ死にすればいいと思っているわけ?」

 

D子夫「いや、そんなことは思ってないけど…」

 

こんなやりとりが行われた、D子さん宅。話し合いの末、D子さんたちが援助していた分として100万円はD子さんの夫が相続し、あとはすべて義弟が相続することになった――。そうD子の夫が報告しました。

 

D子「ずいぶんと不公平ね」

 

D子夫「…あぁ、そういうことになった」

 

D子「まあ、サポートした分のお金が返ってくるだけ、よかったのかな」

 

D子夫「そうだな。あいつから返ってくることはないだろうから、せめてな、それくらい相続させてもらわないと」

 

D子「でも、金輪際、義弟さん家族のサポートなんてしないわよ」

 

D子夫「もちろん。だから不公平だと感じたけど手を打ったんだ」

 

結局、義父の住んでいた自宅は売却されたといいます。「当分の間は、むこうから泣きついてくることはないんじゃないかしら」と胸をなでおろしたD子さん。こうして義父の相続を機に、D子さん家族は義弟家族と距離を置けるようになったそうです。

「遺留分」を請求するかは本人次第

事例では、不公平感のある遺産分割が行われていました。そもそも遺産の分割方法は非常にシンプルで、遺言書があればその通りに遺産をわけます。遺言書がない場合には法定相続人全員での話し合いによって遺産のわけ方を決めていくことになります。

 

配偶者以外の法定相続人には優先順位があり、第1順位の法定相続人は子ども、子供がいない場合には、第2順位の直系尊属である父母、子ども父母もいない場合には、第3順位の兄弟姉妹へと進みます。

 

遺産の取り分は相続人が全員納得すれば自由に決めることができますが、民法上、ひとつの分け方の目安(=法定相続分)が存在します。

 

配偶者と第1順位相続人であれば、1/2ずつ分けます。第1順位相続人が複数人いる場合は、1/2をその人数で等分していきます。第2順位相続人の場合には、配偶者が2/3、直系尊属が1/3となります。第3順位相続人の場合は、配偶者が3/4、兄弟姉妹が1/4となります。

 

さらに法定相続人には「遺留分」といって、「残された家族の生活を保障するために、最低限の金額は相続できる権利」が認められています。その目安は法定相続分の半分です。

 

今回の事例で実家が5,000万円だとすると、1,375万円ほどが遺留分として認められる計算になります。D子さんの夫が得た遺産が100万円なので、金額的には不公平感を覚える遺産分割です。しかし遺留分は権利で、それを主張するか、しないかは本人次第。D子さんの夫にとっては、義弟家族と距離を置くことが重要だったのでしょう。

 

 

【動画/筆者が「遺留分」について分かりやすく解説】

 

橘慶太
円満相続税理士法人

 

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