遺留分減殺請求で、共有等の問題発生が懸念されたが…
平成30年民法等(相続法)の改正により「遺留分減殺請求権」は「遺留分侵害額の請求権」へと改正されました。これは、従前の制度が、遺贈等の目的財産が事業用財産であった場合に円滑な事業承継を困難にするとの指摘を踏まえての改正であるとされています(『一問一答 新しい相続法』商事法務、122頁参照)。
具体的には、どのような部分が変更となったのか、以下の具体例をもとに検討してみましょう。
Aの妻Bは何年も前に亡くなっており、子どもには長男Cと次男Dの2人のみがいました。長男Cは20歳のときから甲社を手伝っていましたが、他方で、次男Dは有名な商社に勤めており、収入が高かったうえに、甲社にはまったく関与していませんでした。そのため、Aは、甲社の経営を長男Cに譲りたいと考え、「全財産を長男Cに渡す」という自筆での遺言書を作成していました。
上記の事例で、Aが令和元年7月1日より前の日に亡くなった場合には、改正前の民法が適用されますので、次男Dが遺留分減殺請求(改正前民法1031条)を行使したときには、対象物について基本的に共有状態が生じるため、甲社の株式が長男Cと次男Dとの共有になり得ます。
ただし、長男Cとしては、次男Dから減殺を受ける限度で価額を弁償(金銭弁償)すれば、この共有状態を解消することができます(いわゆる「価額弁償の抗弁」、改正前民法1041条)が、弁償する金額について争いが生じて裁判等になったり、弁償する金銭が直ちに用意できない場合には、すぐに共有状態を解消することができません。そうなると、甲社の株式について次男Dにも一定の権利が発生しますので、甲社の経営を不安定にするおそれがあります。
また、価額弁償の抗弁を行使する場合に、長男Cが弁償すべき価額は、相続開始のときではなく、現実に弁償がなされるときの目的物の価額を基準にするものと解されていますので、裁判等が長期化した場合、相続開始のときから長男Cの才覚によって株価の上昇があったようなときには、それに伴って弁償すべき額も増加することになります。
さらに、減殺の請求があった日以後の果実(賃料や貸付金の利息等といった、物の使用の対価として受けるべき金銭その他。民法88条2項参照)も返還しなければならず(改正前民法1036条の類推適用がされると解されている。『新版 注釈民法〈28〉』有斐閣、503頁、東京地裁平成25年2月14日判決など)、減殺請求があった日以後に発生した甲社株式の配当金についても対象にして請求することができます。
このような複雑な紛争が発生することは、当然ながら円滑な事業承継を困難にするおそれがあります。
今後は「金銭の支払だけ」の問題となり、シンプルに
しかし、Aが令和元年7月1日以降に亡くなった場合には、遺留分を侵害した額に相当する金銭の支払のみを請求することができるだけになりました。そのため、あくまで金銭の支払だけの問題となり、甲社の株式が長男Cと次男Dとの間で共有になることはありませんから、Aが亡くなって相続を開始したときから、長男Cが単独で、甲社の100%株主として運営を継続していくことができます。
また、遺留分の侵害額の算定は、相続開始のとき有していた財産の価額を基準にするものと解されます(民法1047条2項、1043条参照)。ですから、長男Cとしては、Aが亡くなった時点での甲社の株式の時価が基準とされますので、仮に長男Cが自分の才覚で何年か後に甲社の業績を数倍にした場合(Cの開発した製品が大ヒットしたり、テナントビルを修繕等によってバリューアップして賃料を数倍にした場合などが考えられます)であっても、その値上がり分は考慮されませんので、長男Cは安心して甲社の業務に専念することができます。
また、長男Cが手元に遺留分の侵害額に相当する現金を保有していない場合でも、長男Cの請求があれば、裁判所は、当該金銭債務の全部又は一部の支払について相当の期限を与えることができるようになりました(民法1047条5項)。相当の期限がどの程度になるかについては今後の実務の運用次第ですが、長男Cとしては、甲社株式の配当金等から無理なく返済できる程度に期限を付与するように求めていくことになろうかと思います。
さらに、減殺の請求があった日以後の果実も返還しなければならないとする改正前民法1036条は削除されましたので、かかる果実の返還も必要がなくなりました。
以上のとおり、民法の改正によって遺留分侵害額の請求に改められたことから、今後の事業承継による相続人間の争いがよりシンプルになりますので、短期的に紛争が解決することも期待できると思われます。
山口 明
日本橋中央法律事務所 弁護士
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