発展途上国の経済成長は、貧困削減・所得格差是正に役立つのか? 新興市場への投資を検討する際、やはり理解しておきたいこのテーマ。財務省OBで、現在、日本ウェルス(香港)銀行独立取締役の金森俊樹氏が、中国を例に詳細分析する。今回は、「貧困削減に資する成長」という考え方に至る流れを見ていきたい。

構造主義と新古典派の「開発」に対する考え方

前回(本連載第1回参照)のような動きは、思想面における開発問題全般へのアプローチとしての構造主義に代表される初期開発主義(1940-60年代)、新古典派(60-80年代)、新開発主義(80年代以降)という流れにも、一定のタイムラグはあるものの、ある程度対応している。

 

すなわち、構造主義は、政府主導の下で、資本蓄積と輸入代替を進めることによって均衡成長を実現させることが重要で、それによって初めて途上国は貧困から脱却できるとの考えであったが、新古典派アプローチでは、政府の関与をできるだけ少なくし「市場化・自由化」と「輸出志向」によって経済を発展させるべきとの考えが支配的になり、これが援助の現場にも大きく影響した。

 

しかしその後、とくに東アジアの経済発展の経験も踏まえ、政府の役割をやや構造主義とは違う形であれ再評価し(構造主義の主張する単純な政府主導ではないものの、市場機能を補完するような形での政府の関与を積極的に評価するもの)、単純な市場自由化戦略を疑問視する新開発主義が出てきた。

 

単なる新古典派的アプローチによって経済発展を追求するだけでは貧困削減を図る上で効果的でないとの認識が、援助の現場にも広がったのではないかと推測される。

 

特定の貧困層や貧困地域を対象とした援助が有効かどうかの議論は、先進福祉国家における、特定の層を対象とした社会給付といった限定的・選択的な社会福祉政策と、より普遍的・一般的な福祉政策のどちらが所得分配の平等化や貧困救済に有効かという論争にも類似している面がある。

 

 

一方の議論は、貧困層のみを対象とする限定的・選択的な社会福祉政策が、直接的に貧困と闘う福祉国家としてのあるべき政策で、経済学的にも、社会給付を限定的にすることによって、マクロ的に公共支出が抑えられ、減税の余地も生じてむしろ経済成長が高まり、その結果、所得再配分のための財源が増えて、さらに貧困層が救われることになるとの主張である。

 

他方で、そうした限定的政策では行政コストが過大となり、また広範な政治的支持が得難いので、結局、所得再配分に回される資源も抑えられることになって有効でないとの議論が展開されてきた。

 

こうした中で、実証面でも、社会給付を貧困層に限定すればするほど、その所得再配分効果はむしろ弱くなるという「所得再配分のパラドクス」現象が裏付けられたとする主張が注目されてきた。

 

他方で最近では、実証分析の対象国を広げ、計測期間を長くし、社会給付もその内容によって細かく分類して計測してみると、そうしたパラドクスがあるとは必ずしも言えず、両者の間にはあまり明確な相関は認められないとの推計結果も提出され、福祉国家として採るべき福祉政策をどう考えるのかという分野でも、なお議論が続いている。

「貧困削減に資する成長」の考え方へ

2000年代に入り、2015年までに世界の貧困層を1990年比で半減させるという国連ミレニアム開発目標(Millennium Development Goal, MDG)が出されたこともあり、2000年代前半は、いわゆる貧困削減志向(pro-poor) 派と成長志向(pro-growth)派という、一見わかりやすいがやや不毛とも言うべき対立の構図が顕著になった。

 

近年は、両者の考え方を対立するものとして捉えるのでなく、お互いに補完すべきものという認識の下で、どういった成長のペースおよびパターン、また所得分配状態を前提にした成長がより貧困削減につながるのかという建設的方向に議論が進んでいる。

 

例えば、OECD開発援助委員会(DAC)は「貧困層が成長に参加貢献し、貧困層が成長の果実を享受する能力を高めるような成長のペースとパターン」が重要として「貧困層を支援する成長(pro-poor growth)」の考え方を推進している。アジア開発銀行(ADB)は2004年、MDGを受けて、1999年に策定していた「貧困削減戦略」を改定し、①貧困削減の重視、②持続的な経済成長、③環境保護、ジェンダーの平等、民間セクターの発展、地域協力といった分野横断的課題を含む包括的な社会発展と良い統治(good governance)を戦略の柱に位置付けた。

 

さらに、2008年に発表した「戦略2020」で「経済成長が貧困削減の推進力になってきたことは事実だが、貧困削減のためには、そのペースだけでなく、パターンも重要であることは明らか」とし「高い持続的成長率はより多くの経済機会を創出するが、広範な人々、とくに貧困層がそうした機会・市場へアクセスできるようにするための制度インフラの整備や教育投資等の政策が必要」として、「包括的成長(inclusive growth)」の重要性を強調している。OECDの提示している考え方とほぼ同様と言えよう。

 

inclusive growthとpro-poor growthの二つの概念については、必ずしも厳密な使い分けがあるようには見えないが、強いて言えば、前者が「その恩恵が貧困層も含めた社会全体に及ぶような成長」、後者が「特に貧困層をターゲットにした成長」という整理ができる。開発援助の現場では、2000年代に入ってから、包括的成長を追求するとの方針の下で、再び大規模インフラプロジェクトへの回帰が見られるようになっている(注)

 

2015年、国際社会で大きな話題となったアジアインフラ投資銀行(AIIB)について、主導する中国は、既存開発金融機関は貧困救済を目的とする一方、AIIBは膨大なアジアのインフラ需要に応えるもので、競合はしないとしている。しかし、既存開発金融機関がインフラプロジェクト回帰の傾向を続けると、疑いなく競合することになる。他方、AIIBに関し、中国はインフラ建設と貧困救済といった開発効果との関係をどう考えるのかという視点を、少なくとも明確には示していない。

 

(注)これには、特定の貧困地域のみを対象とした小規模プロジェクトだけでは融資総額が伸びず、援助機関としての存在意義が問われることになりかねないといった、援助機関の現実的な組織防衛反応も強く働いている。援助機関が活発に業務を行っているかどうかは、その是非は別として、伝統的に、最も単純な評価指標である融資規模で判断されることが多い。

 

 

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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