政府発表は所得格差を過少評価?
中国は高成長によって貧困削減の面で大きな成果を挙げる一方で、所得格差は拡大の一途を辿ってきた。2013年1月、中国国家統計局は、約10年ぶりに、公表していなかった過去の値も含めて、所得格差の程度を示すジニ係数(※)を再び公表し始めた。
国家統計局は2013,14年の記者会見で、長らくジニ係数を発表してこなかった理由について、①統計の精度に疑問が生じ、推計方法の改善を模索していたこと、②そもそもジニ係数はGDP等と異なり、必ず公表しなければならない基本統計ではなく、推計方法や標本抽出等によって値が異なってくるものであることを指摘している。
統計局が発表した推計値に対しては、一般的に、高所得者の灰色収入(注)を低く見積もりすぎているため、実態より低目に出ている(格差が過少評価されている)可能性が高いとする指摘が、海外はもとより中国内でも多い。
中国学者が2013年に発表した推計によると、2011年の灰色収入は6.2兆元(GDPの12%)で、その多くは高所得者に帰属している。その結果、都市部で見た所得上位10%の平均収入は下位10%の20.9倍と、公式統計の8.6倍を大きく上回る。中国最大のシンクタンクである社会科学院の推計では、隠れた収入の80%は人口の10%を占める特権階級に属するとされている。
ジニ係数の推計にあたって、こうした所得の把握が正確に行われていないと、推計値は低目に出ているおそれが高い。家計調査や失業率推計で定評のある西南財経大学家庭金融研究センターが2014年2月に 「2014財富管理ハイレベル論壇」で報告した最新調査では、2013年に所得上位10%が社会の富の60%強を保有しており、ジニ係数は0.717、北京大学「中国民生発展報告2015」によると、12年のジニ係数は0.49と国家統計局の数値0.474を上回り、また保有資産でみたジニ係数は、95年0.45から2012年0.73に上昇。上位1%の層が社会の3分の1の富を保有する一方、下位25%の層は1%の富しか保有していない。
(注)中国の所得はよく、白色(正規の把握されている収入)、黒色(腐敗・汚職等違法行為を通じて得た収入で把握されていないもの)、および灰色(白色と黒色の中間的な性質を持つ収入で、やはり把握されていないもの)の3種類があると言われている。
ただこうしたいわば経済外的要因を横に置いて、中国のジニ係数の長期的推移を見ると、1978年からの改革開放、高成長の過程で格差が急速に拡大した後、2000年代半ば頃から高い水準ではあるものの安定的に推移している。
鄧小平は、成長の過程で先に豊かになる者が出現することを容認する「先富論」を唱えて改革開放を進めた。<参考>でふれたように、クズネッツ曲線は一般的に実証されていないとされるが、少なくとも中国の1970年代後半から2000年代半ばは同曲線の左半分に沿ったものとなっており、「先富論」は結果的にクズネッツ仮説の一部を裏付けている。中国経済は2000年代後半に中所得経済に移行しているが、それと同時にジニ係数は横ばい、ないし(議論はあるにせよ)若干の低下傾向を示し始めている。
これが、クズネッツ曲線がピークアウトする兆しなのかどうかが今後の注目点となる。逆に言えば、仮に中国のケースがクズネッツ曲線にあてはまるとした場合、格差が縮小してジニ係数が下がってこないと、高所得経済に移行できない「中所得の罠」に陥る危険性が高いことを示しているとも言える。
高成長に伴って所得分配の不平等が深刻化
人民大学労働人事学院院長は2014年10月、人民大学での論壇で、「中所得の罠に陥らないためには、ジニ係数を0.33以下にまで下げる必要があり、現状のままでは罠を回避することは困難」と危機感を表明、15年4月には、楼財政部長(大臣)が中国経済は向こう5-10年以内に罠に陥る可能性が非常に高いと発言し注目されたが、これを受け、中国内でも、罠を回避する鍵は所得格差の縮小、灰色所得の存在など不公平な所得分配を是正することだとの主張が高まっている(15年5月8日付第一財経日報)。何れにせよ、中国は国際的に高成長が絶対貧困の削減に大きな効果を挙げる一方、高成長に伴って所得分配の不平等が深刻化している顕著な例を提示している。
<参考>でもふれたが、個人の効用関数Uを、当該個人の所得yと、所得分配状態における当該個人の位置F (y)によって規定するU (y, F (y))は、一定の合理性を持っている。実際、中国社会科学院の「2014年社会藍皮書」によれば、2007-11年、貧富の格差は社会問題の中で人々の7,8番目の関心事項であったが、12年には第3位、そして13年には住宅価格(2位)、物価(3位)を抜いて、最大の関心事項となっている。
絶対貧困の削減で決定的な社会不安は回避されてきたが、個人の効用が所得分配状態に影響される面が大きくなってくると、格差を是正する形での貧困解消でなければ、今後社会不安が一層深刻化することが懸念される。中国の最近の状況は、そうした教訓を、他の新興・途上経済にも示していると言えよう。
中国では、習体制下になってから、地方政府幹部に対する成長一辺倒の評価基準を見直すべきとの議論があるが(いわゆる「以GDP論英雄」の否定)、その背景には、マクロの成長を追い求めるだけでは貧困を根絶することはできず、ミクロ的なアプローチが有効であるとの中国政府の考え方が現れているとも言える。
ADB(アジア開発銀行)は、1990年代と2000年代のデータ比較ができる28のアジア太平洋地域の国のうち、同地域の80%の人口を抱える中国、インド、インドネシアなど12の経済体で不平等が拡大しており、ジニ係数と経済成長率との間で統計的に有意な正の相関が認められると結論付けている。また、所得上位20%と下位20%の平均所得格差(quintile ratio)で見ると、11の経済体でジニ係数以上に格差が拡大しており、格差は貧困層が豊かになる以上に、富裕層がさらに豊かになる形で拡大している。
※ジニ係数
社会における所得分配の不平等さを測る指標。値が大きいほど格差が大きい状態であるという評価となる。