「私によってあなたは組織から排除される」
以下は、2012年2月23日の朝日新聞・神奈川版に掲載された新聞記事です。タイトルは、「鎌倉の心療内科カウンセラーうつ病で労災認定院長のパワハラ訴え」となっております。本文は次の通りです。なお、本文中伏せ字は新聞記事では実名でした。
鎌倉市の心療内科にカウンセラーとして勤めていた女性(45)が、院長の男性からパワハラを受けてうつ病になったとして労災の適用を申請し、藤沢労働基準監督署が申請を認めたことがわかった。代理人の田中誠弁護士によると、女性は2008年4月から同市△の「×クリニック」に勤務。当初は男性院長との関係は良好だった。
ところが09年12月末、診療方法について注意を受けた。翌年1月からは電話番を中心とした業務に変えられ、退職を求められた。院長は同月、女性へのメールで「私によってあなたは組織から排除される」「あなたは変態人格障害者」などと罵倒。女性は同月末に重度ストレス反応・うつ病と診断され、4月から休職した。同年8月に労災を申請し、今月になって認められた。
田中弁護士によると、労基署は院長の言動について「業務指導の範囲を逸脱し、人格や人間性を否定する言動が執拗に行われた」として、うつ病との因果関係を認めたという。×クリニックはホームページに「職場うつ」と題したコーナーを開設。働く人のうつ病の主因の一つを「職場の上司との関係」などと説明し、治療を呼びかけている。
院長は取材に対し、「人格を攻撃するようなメールを送ったのは事実で、不適切だった」と説明。その上で「女性はその後も4月までは通常通り勤務し、メールがうつ病の原因とは思えない。労基署の判断は残念だ」と話した。
この事件では、神奈川総合法律事務所の田中誠弁護士がAさんの労災申請の代理人を務めていました。
神奈川総合法律事務所は、経営者側ではなく、労働者側にたって労働紛争の解決に努めることを基本方針としています。私が本事件のポイントについてお尋ねしたところ、次のようなコメントをいただきました。
「この事件の労災申請については、クリニックと院長の協力は全く得られませんでした。むしろ、院長は、Aさんの精神疾患の原因となった自らのパワハラ行為等を否認し続け、Aさん自身に原因があるかのような言動に終始しました。院長は、労働基準監督署にも労災を否定するための資料提出を行うなど、労災認定を阻止しようとしました。院長側の弁護士もそのような院長の態度を正そうとはしませんでした。
しかし、結局、労災認定がされた上、新聞で大きく報道されるような事態を招いてしまったのですから、院長の対応は賢明なものではなかったといえます。
本事件から引き出される教訓は、“スタッフからパワハラの指摘を受けた場合、責任回避をはかるだけではむしろマイナスで、もし思い当たるふしがあったら素直に認めて謝罪をして労災申請に協力するほうが、かえって有利になることもある”ということです。
院長がそのような真摯な対応をとれば、少なくとも、パワハラの被害を受けたスタッフがマスコミの取材に応じるような状況にまではいたらなかったはずで、今回の院長のように新聞に取り上げられて、結果的にクリニックや自身の実名を報道されることにはならなかったと思います。
この事件においては、パワハラのほかに、長時間労働についても問題となりました。こちらに関しては別途、未払いの残業代を請求する裁判を起こしました。院長はこちらも全面的に争いましたが、そのような院長の態度は、紛争を拡大させただけで、結局は、Aさん側の主張を認める形での和解が成立しております。」
田中弁護士によれば、平成23年12月に厚生労働省が「心理的負荷による精神障害の認定基準」を新たに定め、それに基づいて労災認定が行われることになった結果として、精神障害の労災が従来より認められやすくなったということです。
訴えられた理事長が弁護士の選択を間違うと…
[図表]は、精神障害の労災補償状況を年度別にまとめたものですが、平成23年度には支給決定件数が325件しかなかったものが、平成24年度には475件に達しています。1年間で150件も増加しているのです。
このように、パワハラなどが原因となってスタッフが精神障害を発症した場合、従前と比較すると、労災認定がされやすくなっている状況であることは、院長も十分に認識しておくべきです。
更に、医療法人の理事長の中には、パワハラ等の問題が起こっても責任を追及されるのは法人であって、理事長個人の責任は問われないと思っている人が多く見受けられます。しかし、田中弁護士によると、そもそも理事長自身がパワハラ等の行為者である場合には、理事長は、民法709条にもとづき個人的な賠償責任を負います。
理事長自身が行為者ではない場合でも(従業員がパワハラを行ったような場合)、法人が責任を負うのは当然であるほか、医療法48条では「医療法人の評議員又は理事若しくは監事がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があつたときは、当該役員等は、これによつて第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」と明文で定められていますので、監督を怠った場合には理事長が個人的な責任を追及されることがあるのです。
また人事労務トラブルがあった場合、スタッフがユニオンに駆け込み、団体交渉を求められることがあるかもしれません。その際これに対応するため、院長は弁護士に代理人を依頼することが多いと思いますが、この弁護士の選択を間違うと厄介なことになります。
田中弁護士によると、まず、労働紛争に手慣れず、労働法の知識もない弁護士が、院長の言うままに争い、紛争を深刻化・長期化させることが多いとのことです。また労働紛争を多く扱う経営側弁護士の中にも、団体交渉を拒否したり、ことさらに何から何まで争い、長期化を図ろうとする者もいるとのことです。
これらの弁護士が院長にとって役に立たないことは明らかです。一方、労働紛争に手慣れた経営側弁護士の中には、むしろ自分の方から進んでユニオンの事務所に足を運んで、相手側の言い分にしっかりと耳を傾けるなどして、あっという間に紛争を解決してしまう人もいるとのことです。かような弁護士は、誠実に対応した方が解決率の上がることを十分に承知しているからです。
人事労務トラブルをスムーズに解決するためには、団体交渉には誠実に対応してくれる労働問題を得意とする弁護士に依頼することが最短で最良の解決方法であることが多いのです。
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